第21章 白妙
左京さんとやりとりする至さんの声に背を向け、気まずさで布団を目深に掛ける。
入れ替わりで入ってきた至さんが、先ほどまで左京さんが座っていた椅子に座るのを、軋んだ音で聞いた。
「…芽李」
少し掠れて、甘い声が鼓膜を揺らす。
どきどきよりも先に、きゅっと胸が苦しくなる。
「…」
「あー、えーっと」
「…」
「なんて言えばいいかな、…まず、安心したって言うか」
「…」
謝ったり、お礼言ったりできることはあるはずなのに、それを言葉にするのがしんどい。
人として、どうなのよ、これって。
「冷たくて、怖かった。はは、情けないよな」
「…」
「ところで、もう、俺のこと呼んでくれないわけ?」
「…っ、」
「見てくれないわけ?」
見たら、多分泣いてしまうから。
とてもじゃないけど見れない。
どうして声ひとつ聞いただけで泣きたくなるのかな。
安心してしまいそうになるのかな。
「…そっか」
至さんの声が、耳に残る。
「話したくもない…よな。
いや、うん。なんかダサいけど、話さなくていいから、少しだけ耳かして?
寝たふりでもいいから」
至さんが、ぽつりぽつりと話し出すのを私は黙って聞いた。
うまく、言葉にできるとも思えなかったから。
「俺の昔話、ね。
俺、小学生の時、家族旅行で北海道に行ったことがあるんだ。
その時迷子になってさ、よくある話、現地の子に助けてもらったんだ。
詳しくは覚えてないんだけどね、でも、その助けてくれた女の子のことはずっと覚えてた。
家族が迎えに来てくれるまで、ずっと話してて、俺を安心させてくれた。
多分、俺の一目惚れだったよ。多分、初恋」
どうしてそんな話をするのか、なんて聞くのは野暮か。
「この寮に入るって決めた日、芽李とこっちで初めて会った時、運命かなって思った。
あの時から、ずっと芽李のこと好きなんだ…」
「…」
「俺のこと、覚えてなかったでしょ?」
刹那気に笑った、至さん。
「朝、俺の部屋で目覚めて卵買いに行った日、抱きしめた時確信した。
絶対そうだって、言うの。小さい時の俺がさ。
なんて、ロマンチストにも程があるって話、自分で言ってて寒いわ」
「…どうして、私だって?」
「弟を待ってるっていったんだ」