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3月9日  【A3】

第21章 白妙


 「なんてね、芽李は僕の古い知り合い…なんだっけ?」

 ふふっと笑った彼に、

 「は、はぁ、なるほど……」

 と、納得したようなしないような曖昧な返事をしたいづみちゃん。

 「だから金持ちそうな女と歩いてたのか」
 「あぁ、そうそう。あの時は仕事中だったんだ」
 「で?そっちのアンタは?経験者なんすか?」
 「え?俺?」
 「今まで演劇について勉強していたことはありますか?」
 「ええ、まぁ、経験者と言えば経験者ですけど……こういう劇団に入っていたことはありません。
 アマチュアレベルの学生演劇ですし、しばらくブランクがあるから、未経験者と同じ扱いでかまいません」

 せつなげに揺れた目。
 あまり見たことないような表情だった。
 花屋でそれなりに会って話していたような気がするのに…。

 「それじゃあ、早速ですが、お二人には簡単な課題をしてもらいたいと思います」

 いづみちゃんの声で我に帰る。
 そうだ、小道具出さないと。

 いづみちゃんにそれを手渡す。

 「軽い自己紹介の後、このスマホを使って一人芝居をしてみてください。
 まずは、もと添い寝屋さんから」
 「ふふっ、もと添い寝屋さんか。雪白東だよ。自己紹介っていうのも難しいね。
 今まで全く演劇経験はないけど、職業柄色んな人と会うことが多かったから人間観察は得意かもしれない」

 そう言って、スマホを受け取る東さん。
 指が綺麗だ。

 「なるほど。演技する上では役に立つ長所ですね。それじゃあ、課題をお願いします」
 「んー、スマホを使って一人芝居か…」

 少しして、空気を纏った東さんが語りかけるように言葉を音にして紡ぐ。

 『…もしもし?ボク』

 甘く優しい声に酔いそうになる。
 言い訳をするつもりもないが、こんな声で呟かれてしまっては、お酒が進んで酔い潰れたっておかしくないだろう。

 と、あの日を思い出しながら、1人誰というわけでもなくフォローを入れる。

 東さんの、添い寝屋さん納得かも。
 こんな声で、物語でも読んでもらったらあっという間に寝ちゃうに違いない。
 歌でもいいかもしれない。

 「っ、」

 って、また自分で傷を抉る。
 あの日優しく、ナイランの歌を口ずさんでいた至さんのことを思い出した。

 「おい、どうしたんだよ」

 ボソッと、声をかけてきた万里くん。
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