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3月9日  【A3】

第21章 白妙


 「あれ?あんた、確か前に…」

 この前の失態があるから、そう言った万里くんになんとなく気まずさを感じる。
 万里くんが知ってるわけ、ないのに。

 「あぁ、覚えててくれたんだね」
 「あの時はあざっした」

 その人は私を捉えたはずなのに、十座くんの言葉に優しくうなづく。
 見透かされそうな目に、アルコールがないとその視線に苦手意識を覚えてしまう。
 
 「どういたしまして」

 我ながら、自意識過剰じゃないか。

 「2人の知り合い?」
 「前にちっと助けてもらって」
 「そうなんだ」
 「2人…ね。っふふ。
 千秋楽を見たら、この劇団に興味がわいてね。オーディションを受けてみようかと」

 …前言撤回。自意識過剰じゃないかもしれない。

 「今まで、演劇の経験はありますか?」
 「まったくないよ」
 「劇団に入ると、仕事と稽古の両立ということになりますけど、その辺りは大丈夫ですか?」
 「残業が頻繁にあったり、休日出勤があると厳しいかもしれねぇな」

 左京さんが彼に言うことをききながら、問題はないだろうななんて思う。
 記憶の隅で、添い寝屋さんって言ってた気がする。

 同時に、"健全なオシゴト"とも言っていた気がする。

 「その点は問題ないよ。今は休職中だから」
 「前はどんなお仕事をされてたんですか?」
 「町の添い寝屋さんをしていました」
 「添い寝屋!?」
 「あー、それって、夜のオシゴト的な?」
 「お、大人ッス!」

 高校生がオタオタしてかわいい。

 「いや、もしかしたら店名なんじゃないか?添い寝屋って言うカフェとか」
 「逆に怪しすぎるだろ」

 臣くんの天然も、左京さんのツッコミで夫婦漫才っぽくなるのも合わせて可愛い。

 「みんなが想像してるようなふらちなことはまったくしてないよ。
 一緒に添い寝して、その人の悩みとか不安とかを聞いてあげるだけの健全なお仕事…ね、芽李?」

 その一言で、みんなの視線がばっと集まる。

 春組と夏組がいなくてよかった。
 嫌に心拍数が上がる。

 月岡さんなんて、捨てられた子犬のようなうるうるのまん丸の目で見てくる。
 その視線、罪深いだろ!って、私も罪深いのか。
 たらり、冷や汗が伝う。
 って、別にやましくもないが、あの夜はいかんせん呑みすぎた記憶しかない。
 失態してないわけがない。
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