第1章 寒桜
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ーー…
「ここ、どこ?」
「ここに、ママがいるんだよ」
幼い頃父の手に引かれて連れて来られたのは、大きな病院の一室。
私はその大きくて無機質な扉の前に立っていた。
「ママ、どこか具合悪いの?」
当時の私からは重厚に思えたその扉。
嗅ぎ慣れない消毒の臭いに、ものすごく不安だったのを今でも覚えている。
「違うよ。入ろうか」
ノックをして中に入った父。
母の柔らかな声が聞こえる。
恐る恐るその大きな背中を追えば、
確かにしばらく会ってなかった母とその腕に抱かれた何か。
「あら、おねぇちゃんとパパが来たわよ。ねぇ、パパ?男の子ですって」
そう言って微笑んだ母。
陽だまりのような暖かな笑み。
何よりも綺麗で、幸せそうで、私は思わず立ち尽くすことしかできなかった。
そんな私を父はたいそう喜んで抱き上げ、母のベッドの上に座らせた。
母が腕の中のものを、私に見せるように傾ける。
その時ようやく母に抱かれたそれが、自分の弟であることを認識した。
私は、産まれたての赤ちゃんを、この時初めて見た。
あまりにも小さいその姿に衝撃を受けた。
それから、少しだけ、ギョッとした。
「可愛いでしょ?あなたの弟よ」
優しく笑う母や父に、正直なところ直ぐにうなづくことはできない。
産まれたては、クシャクシャのお婆ちゃんみたいで。
この子の将来が不安になる。
同時に、あまり可愛くはないなと思った。
こんなに綺麗なママから生まれたのに…と。
幼さゆえの、ヤキモチもあったのかもしれない。
…まぁ、そんな心配もヤキモチも杞憂だったようで、
しばらくするとほっぺも手も足も、ぷくぷくで、目が開けばぱっちりと可愛らしく、へにゃあっと笑った弟に、ガッツリとハートを持っていかれたのは言うまでもない。
さすがは私の両親から生まれただけあると感じた。
あの子の初めて発した言葉は、絶対ママでもパパでもなく、"ねぇね”だった。
…と、初めて弟が声を発した時両親も同じように、
"ママ"っていった!
"パパ”って言った!
と言っていたけど。
両親の仕事や家事の最中に、まるで催眠の如くおねぇちゃんおねぇちゃんと、アピールしてた私に、勝てるはずもないだろう。