• テキストサイズ

3月9日  【A3】

第1章 寒桜


ーーーーー
ーー…

 「ここ、どこ?」
 「ここに、ママがいるんだよ」

 幼い頃父の手に引かれて連れて来られたのは、大きな病院の一室。

 私はその大きくて無機質な扉の前に立っていた。

 「ママ、どこか具合悪いの?」

 当時の私からは重厚に思えたその扉。
 嗅ぎ慣れない消毒の臭いに、ものすごく不安だったのを今でも覚えている。

 「違うよ。入ろうか」

 ノックをして中に入った父。
 母の柔らかな声が聞こえる。

 恐る恐るその大きな背中を追えば、
 確かにしばらく会ってなかった母とその腕に抱かれた何か。

 「あら、おねぇちゃんとパパが来たわよ。ねぇ、パパ?男の子ですって」

 そう言って微笑んだ母。
 陽だまりのような暖かな笑み。

 何よりも綺麗で、幸せそうで、私は思わず立ち尽くすことしかできなかった。
 
 そんな私を父はたいそう喜んで抱き上げ、母のベッドの上に座らせた。
 母が腕の中のものを、私に見せるように傾ける。

 その時ようやく母に抱かれたそれが、自分の弟であることを認識した。

 私は、産まれたての赤ちゃんを、この時初めて見た。

 あまりにも小さいその姿に衝撃を受けた。
 それから、少しだけ、ギョッとした。

 「可愛いでしょ?あなたの弟よ」

 優しく笑う母や父に、正直なところ直ぐにうなづくことはできない。

 産まれたては、クシャクシャのお婆ちゃんみたいで。

 この子の将来が不安になる。

 同時に、あまり可愛くはないなと思った。



 こんなに綺麗なママから生まれたのに…と。
 幼さゆえの、ヤキモチもあったのかもしれない。

 …まぁ、そんな心配もヤキモチも杞憂だったようで、

 しばらくするとほっぺも手も足も、ぷくぷくで、目が開けばぱっちりと可愛らしく、へにゃあっと笑った弟に、ガッツリとハートを持っていかれたのは言うまでもない。

 さすがは私の両親から生まれただけあると感じた。

 あの子の初めて発した言葉は、絶対ママでもパパでもなく、"ねぇね”だった。

 …と、初めて弟が声を発した時両親も同じように、

 "ママ"っていった!
 "パパ”って言った!

 と言っていたけど。

 両親の仕事や家事の最中に、まるで催眠の如くおねぇちゃんおねぇちゃんと、アピールしてた私に、勝てるはずもないだろう。
/ 528ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp