第1章 寒桜
風がゆっくりと暗雲を運び、それが少しずつ空を埋める。
雲行きが怪しいが、今朝の天気予報では、同年代のアナウンサーが、人当たりのいい笑を浮かべ、降水確率は50%と曖昧に言っていた。
いつかの雨で緊急を要し、700円もしないで買ったビニール傘は、玄関の隅と記憶している。
この街との別れを惜しむ私の気持ちを表したように、少しずつ降り出した雨…。
それを合図に駆け出す。
必要最低限の荷物のおかげで、走るのはあまり苦にならなかった。
「やば…っ、」
こんな辺鄙なところにあるバス停に、屋根なんてものはなく、焦る。
旅のスタートが一気に憂鬱になった。
そう思った矢先、見慣れた市営バスがそこに止まった。
まだ早い時間だと言うのに、もうライトをつけている。
乗り込んで、前から3番目の席に腰掛けた。
バスに乗った瞬間、本降りになった雨は窓を打ち付け、
引き返すなと言わんばかりに、早々に後ろに川のような水溜まりを作っていった。
行き先は決めてなかった、
…決められなかった。
学生時代のバイトから始まり、高卒で就職して数年が経った。
長いようで短かった日々は、勤め先の倒産によって唐突に終わりを告げた。
元々こうして、旅を始めるつもりだったし、更に言うと、計画上もっと早くあの場所から旅立つはずだった。
それでも延ばしたおかげで溜まった貯金やなけなしの退職金のおかげで、1年ほどは、無職でもやっていけそうなくらいの額が手元にあった。
なかなか壮絶だった私の半生。
私を動かすのは、これまでなんとかやってきたのだから、なんとかなるだろうという浅はかな考えと、若さゆえの根拠のない自信。
本州のことはよく知らないけど、適当に行き着いたさきを拠点にしよう、この旅を計画をした時点で、そう決めていた。
"消息すらわからない"この旅の目的。
果ての見えないこの道の先が、いつか交わればいい。
想いを馳せるのはいつだって、今はもう無いあの暖かな日々。
…なんて大袈裟だ。
流れる景色をぼーっと眺めていれば、雨音が心地いいBGMとなって眠気を誘う。
不用心かと思いつつ、まだ少し遠い空港を思ってゆっくりと目を閉じた。
止まない雨はないように、いつかはこの思いも晴れればいい。
例え今が土砂降りであったとしても…。