第20章 白雪
「咲、ありがとう。もう気持ちだけでお腹いっぱいになっちゃうくらい幸せ」
その小さな背中にぎゅっとオレも腕を回す。
他人から見たら多分、違和感でしかないその距離感に、オレはひどく安心する。
「オレも」
でも、小さな頃欲しかった温もりが、今更手に入ったんだから、いくら堪能しても、バチは当たらないでしょ?
…なんて。
グリグリと頭を擦り寄せる。
「咲、くすぐったいよ」
「えへへ」
そんなこと言って、満更でもないんでしょ?
って、オレ知ってるもん。
「咲〜っ」
いいよね、水入らずなんだから。
そう思いながら、そっと腕を離した。
姉ちゃんと目が合う。
恋とか愛とか真澄くんが監督を想う気持ちとか、オレはまだ知らなくていいや。
まだ、もう少し、このままでいいや。
ただ、姉ちゃんを守れる距離にいたい。
今は、ただそれだけだ。
「2人とも、淹れて来たヨ〜っ」
「シトロンさん、ありがとうございます」
「シトロン君、ありがとう」
それぞれの前に置かれたパン、いただきますのあと先に口をつけた姉を見ながら、咀嚼しながら美味しい美味しいって言うのを聞きながら、満足してしまった。
それからこんな毎日が、ずっと続いてほしいって密かに思った。
「3人で食べると、余計おいしく感じるネ!
咲也のおかげだヨ」
「うんっほんとに!美味しい、ありがとう。咲!」
オレのほうこそ、ありがとう。
姉ちゃんが笑ってくれるなら、昔も今も、多分コレからもそれだけで嬉しかったんだよ。
ねぇ、そんな気持ちどのくらい伝わってる?
なんて、どこか少し恥ずかしくて、聞けるわけもない。
…だけど。
思えばこの日くらいからだったな。
姉ちゃんがよくオレたちの部屋に通うようになったのは。
「咲、ついてるよ」
「ほんとだ」
「あーぁ、もう。シトロン君も」
オレたち2人顔をそれぞれ優しく拭う。
その慈しむような眼差しの奥で、姉ちゃんは何を思っていたんだろう。
器用に見せかけて不器用で、自分でも気付かぬうちに傷つけた心を、傷を治さぬままにそれをいくら優しさで包んでも誤魔化しにしかならないって事を、オレは多分よく知っていたはずなのに、その片鱗が幾らでもあったはずなのに、この時のオレはどうして気づかなかったんだろう。