第19章 上匂
携帯を貸して欲しいと言われ、その二つの選択肢よりマシと思ってパスワードを入力してロックを解除した後、それを差し出した。
「あの、」
「大丈夫、悪いようにはしないから。お酒、呑んでていいよ、今日は僕の驕り。
マスター、彼女に同じものを」
「かしこまりました」
他人の携帯なのに、まるで自分のものだと言うように慣れた手つきで操作をした彼は、それを耳にあて外に出た。
よく考えたらまずいんじゃないかと思ったけど、悪いようにしないと言ってくれたし、悪いようにはされないだろう。
もういいや、どうでも。
どうにでもなれ。
「あの、」
「はい」
新しいお酒を作り始めようとしたマスターに声をかける。
「同じものじゃなくて、ものすごく強い度数の呑みたいです」
少しだけ困ったような顔をした後、かしこまりましたとひとつうなづいた。
少ししてから出されたカクテルは飲み口がよくあっという間になくなった。
「もういっぱいだけ」
ぐいっと煽ったカクテルは、さっきと同じように甘くて美味しい。
僕、そろそろ呼ばれちゃって。
たしか、東さんがそう言ってどこかに行って。
返された携帯はどこを見てもおかしいところはなく、ちゃんと帰ってきたし、テーブルの上に置いてある。
頭だけがふわふわしてた。
「なにしてんの、こんなところで」
「んぁ?んー?」
夢でも見ているのかと思った。
そこにいたのは、いつも通りの至さんで、少しだけ前髪に癖がついてた。
「おさけ、呑んでた」
「1人で?」
「んー?あずまさんと、きれいなひとでねぇ。
ふゆぐみにはいったらいいのにってぇ。おもってさぁ」
至さんの、柔らかいミルクティーブラウンにそっと手を伸ばす。
「いたるさんは何してるの」
「迎えに来たんだよ」
「うそだぁ」
冗談みたいで思わず笑ってしまう。
「いたるさんは、こないよ、」
「…」
「ゆめって、つごうがいいんだから」
「現実だよ」
「ふふ、…でもいいんだぁ、いいの、もう
およめさんになるんだよ、しろいふわふわきるの。
ゆきくんにつくってもらいたかったなぁっ、」
「…作ってもらえばいいじゃん」
「いたるさんたきしーどきてくれる?…えへへ、なんてね。
ゆめでも、困らせちゃった」