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3月9日  【A3】

第19章 上匂


 「良かったら泣いてるわけを教えてくれないかな?
 どこかに入らない?」

 クイッとコップを傾けるような仕草で戯けたその人に、嫌悪感はなく、コクッとうなづいている私がいた。

 「よかった。行きつけのBARがあるんだ。そこで良いかな?」
 「はい」

 気づいたら涙は止まっていた。

 案内されのは、自分では絶対入らないようなおしゃれなBAR。
 昼間はカフェをやっているんだよと、紹介される。

 東さんは、ものすごく聞き上手だった。
 お酒の力もあいまって、挙句彼の相槌の打ち方も完璧で、話しているうちに気持ちが軽くなっていく。

 「すみません、見ず知らずの方なのに」

 勝手がわからなくて、東さんに頼んでもらったお酒は口当たりが良く、余計グラスが進む。

 「ほどほどにね」
 「はい」
 「ねぇ」
 「なんですか?」
 「芽李、今更だけどボクについてきて良かったの?」

 すっと伸びてきたてが、私の脇の髪をそっと耳にかける。

 「ボクが頼んだお酒、案外度数も高かったりして」
 「え?」

 ふふっとにっこり笑った東さん。

 「ボクね、添い寝屋さんをしているんだ。寂しい夜を一緒に過ごしてあげる、」

 そのまま耳元まで顔を近づけて、

 「"健全な、オシゴト♡"」

 などと、甘く囁くように言ってまた離れた。
 ゾワっとする。

 え、この人やばい人なの?と、今更になって働く危機感。

 「あっ、えっと、…」
 「ふふふ、まぁ今夜は休業だけど。危なっかしいから、気をつけるんだよ」

 そっと手のひらで頬に触れ、すっと唇を撫でられる。

 「警戒しないで、お酒ついてたから」

 心臓はバックバクである。
 今すぐに寮に帰りたくなった。
 狐に摘まれたような気分だ。

 「どうする?帰る?帰らない?」
 「帰…」

 脳裏にうかんだ、あの目が、表情が言葉を止める。

 「迷ってるんだ」

 よしよしと頭を撫でられる。
 手つきがプロである。

 お酒のせいでちょろくなってるのに、どうしようもないだろう。
 幸くんに言ったら怒られそうだ。

 「迎え来てもらう?そうだな、それこそ、その彼に」

 ぶんぶんと首を振る。
 取れそうなほど。

 「じゃあ、ボクの家に来る?」

 ぶんぶんとさらに首を振る。
 食われるどころの話じゃないと思う。

 「じゃあ」
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