第19章 上匂
何も言わない至さん。
「あ、それから。私は部屋に戻るので、至さん良かったら談話室に顔出してくださいね。
みんな盛り上がってますし、至さんがいた方がみんなも喜びますから。
じゃあ、今度こそ、しつれいします」
103号室をでるまでは、下がりそうになる口角を必死で上げておく。
言い逃げのような形になってしまって申し訳ないけど、立っていられなくなりそうだったから、言葉を待たずに部屋を出た。
そのまま、談話室へ向かう。
「芽李さん、どこか行ってたの?」
「あ、うん。至さんのとこ。ご飯運んできた」
幸くんにそう声をかける。
「それからちょっと出てくるね」
「は?こんな夜に?」
「うん、昔の知り合いがこの辺に遊びにきてるみたいで、ちゃんと携帯ももってくし」
「俺も行こうか?」
「ううん、大丈夫。ほんのちょっと話してくるだけだし、財布もちゃんと持ってくし。
飲み物とか足りなかったら後で連絡してってみんなに言っておいて」
「そう、わかった。気をつけてね」
こっそりと賑やかな寮を抜けて、静かな夜を歩く。
1人になりたかった。
1人になった途端、ポロポロと涙が出てくる。
おかしいくらいに、ポロポロと。
涙が枯れたわけではなかったらしい。
精一杯の強がりだ。
もうどこへでも行きたかった。
消えたくなった。
ひどく心臓が抉られるような痛み。
なんで家族のことじゃないのに、出会ってそんなに間もないのに、ちょっと好きになったくらいで、こんなに悲しくて痛くて壊れそうになってるんだ、私は。
咲がいればいいじゃないか。
私には、咲がいれば、いいじゃないか。
1人だから止める必要もない涙は、調子に乗って次々と溢れ出す。
「ねぇ、キミ」
「…」
聞いたことがあるような声に顔をあげる。
「どうしたの?」
「…あ、」
銀色の髪が月明かりに染まる。
綺麗な人だと思った。
前に、どこかで…。
「やっぱり、今日は弟くんと一緒じゃないの?」
「あの時の…」
「おやおや、そんなに泣いてしまっては、明日目が腫れてしまうよ」
「っ、」
クスッと笑って私にハンカチを差し出した。
「僕は雪白東。キミは?」
「佐久間、芽李です」
「そう。良い名前だね」