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3月9日  【A3】

第19章 上匂


 衣装も着替えて、化粧も落とした万里君と、なんとか顔を洗わせていただくことができた私。
 咲ともゆっくり語りたかったのに、強引にこの部屋に引っ張ってこられた私。

 103号室にはゲームの音だけが響く。

 「万里君」
 「まって、今重要なとこ…って、あぁ!もう、至さんっ、」
 「万里弱すぎ」
 「万里君ってば、」
 「なに?」
 「私、2人の邪魔しちゃうし、戻ってもいいかな?」

 そうすると、やっと顔を上げてくれた。

 「俺、今日頑張ったよな?」

 なんだ、そのきゃるんとした顔。

 「うん」

 不本意ながら、その急に出す弟感グッときてしまうから!
 心臓に悪いから!!

 「じゃあ付き合ってくれんだろ?」
 「うん、って、いや。やることなくて暇なんですけど」
 「じゃあ、俺の今日良かったところ言って」
 「は?」
 「できねぇの?」

 なんてやりとりをしていたとき、漸く至さんが声を出した。

 「万里、」
 「なんすか?」
 「なんで、連れてきたの?」

 と、私に目を向けた至さん。

 それは、本当に私も思ってた。

 「至さん喜ぶかと思って」
 「ふーん」
 「…あー、やっぱり戻ろっか。私、夕飯の用意もあるし、」
 「そうして」
 「至さん、」
 「うん。至さんごめんなさい、ゲームの邪魔して」
 「芽李さん!」
 「万里君、楽しみにしてて。今日は秋組のみんなの打ち上げだから、カリフォルニアロールとかみんなの好物たくさん作るからね。
 至さんも、」

 あれ、なんて言えばいいんだろう。

 「俺、今日はパス。外せないイベントがあるから」
 「あ、うん。わかりました。…あとでお夜食」
 「いい」
 「え?」
 「至さん」
 「悪いけど、もうそういうのいらないから。万里、続きやろ」

 温度のない目が、やけに脳裏にやきついた。
 ひゅっと、音が鳴る。

 いらないって言われただけだ。
 一つ、仕事がなくなっただけだ。

 なにかしたのかな、私、至さんに。

 パタンと後ろ手にドアを閉める。
 なんだかとても重いものに感じた。
 もう、開かないような気がした。

 談話室まで歩いている途中で、咲に会った。

 「ねぇちゃん?」
 「え、あ…」

 咲に今日の千秋楽のことで共有して、話したいこといっぱいあったのに、舞台の感想とか、そういうの。
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