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3月9日  【A3】

第19章 上匂


 「ただいまー」

 ドアの方から気怠げな至さんの声がする。

 「あ、おかえりなさい、至さん」

 私がそう声をかけると、一瞬驚いたような顔をして、その後いつもの調子に戻る。

 「何してたの」
 「明日の朝ごはん用意しようと思って、…至さんご飯は?」
 「昼からずっと食べる時間なくて、ぺこぺこ」
 「そっか。大変だったね、ご飯あたためるよ。夕飯、とってある」
 「いらない」
 「え、でも、…あ、じゃあ他に何か作りましょうか?」
 「いらないってば。コンビニ飯買ってあるし」

 ぐいっと手に持ってたビニールを掲げる。

 「あ、…そっか。ごめん」

 なんでもないと言うように、さっと冷蔵庫からコーラを取り出して、背中越しに言った。

 「ううん。じゃあ、俺部屋に戻るね」

 気のせいかな、なんか、…。
 もう少し、話したかったな。

 今日、やっと声が聞けたのに。

 大袈裟か昨日もお話ししたはずなのに、今もお話しできたのに、至さんだって疲れてるんだから、仕方ないのに。

 情緒不安定だ、すぐに涙腺が緩む。

 「めい」

 グイッと目を擦っていると、どこからともなく現れた三角くんが、私の腕を掴む。

 「そんなに強く擦ったら、あかくなっちゃうよ」
 「ん、」
 「どうしたんですかぁ?今日は」
 「どうもしてないよ、欠伸しただけ」

 ジトーっとした視線を向けられる。
 見透かされているような気がする。

 「はい、」
 「なに?」
 「そんなめいには、三角くんあげる〜っ」
 「ふっ、」

 何か言われると思ったのに、そんな調子の三角くんに拍子抜けだ。

 「ありがとう」
 「さんかくうれしい?」
 「うん」
 「朝ご飯の準備、オレも手伝うよっ」
 「え?」
 「おみ、明日千秋楽だもんねぇ。さんかくつくらないとっ」

 やっぱり全部お見通しなのかな、三角くんは。

 「そうだね。
 こうしてないで、さんかくな朝ごはん作らないとね
 おにぎりに、サンドイッチと」
 「さんかくいっぱいだぁっ」

 キラキラと瞳を輝かせる三角くんに、少しだけ気持ちが軽くなった。




ー…翌朝。

 「何この朝食、三角ばっか」
 「ははは、今日は三角が手伝ってくれたんだな」
 「おみ、だいせーかぁい!」

 賑やかな食卓に、やっぱり今日も朝から至さんはいなかった。
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