第19章 上匂
「ただいまー」
ドアの方から気怠げな至さんの声がする。
「あ、おかえりなさい、至さん」
私がそう声をかけると、一瞬驚いたような顔をして、その後いつもの調子に戻る。
「何してたの」
「明日の朝ごはん用意しようと思って、…至さんご飯は?」
「昼からずっと食べる時間なくて、ぺこぺこ」
「そっか。大変だったね、ご飯あたためるよ。夕飯、とってある」
「いらない」
「え、でも、…あ、じゃあ他に何か作りましょうか?」
「いらないってば。コンビニ飯買ってあるし」
ぐいっと手に持ってたビニールを掲げる。
「あ、…そっか。ごめん」
なんでもないと言うように、さっと冷蔵庫からコーラを取り出して、背中越しに言った。
「ううん。じゃあ、俺部屋に戻るね」
気のせいかな、なんか、…。
もう少し、話したかったな。
今日、やっと声が聞けたのに。
大袈裟か昨日もお話ししたはずなのに、今もお話しできたのに、至さんだって疲れてるんだから、仕方ないのに。
情緒不安定だ、すぐに涙腺が緩む。
「めい」
グイッと目を擦っていると、どこからともなく現れた三角くんが、私の腕を掴む。
「そんなに強く擦ったら、あかくなっちゃうよ」
「ん、」
「どうしたんですかぁ?今日は」
「どうもしてないよ、欠伸しただけ」
ジトーっとした視線を向けられる。
見透かされているような気がする。
「はい、」
「なに?」
「そんなめいには、三角くんあげる〜っ」
「ふっ、」
何か言われると思ったのに、そんな調子の三角くんに拍子抜けだ。
「ありがとう」
「さんかくうれしい?」
「うん」
「朝ご飯の準備、オレも手伝うよっ」
「え?」
「おみ、明日千秋楽だもんねぇ。さんかくつくらないとっ」
やっぱり全部お見通しなのかな、三角くんは。
「そうだね。
こうしてないで、さんかくな朝ごはん作らないとね
おにぎりに、サンドイッチと」
「さんかくいっぱいだぁっ」
キラキラと瞳を輝かせる三角くんに、少しだけ気持ちが軽くなった。
ー…翌朝。
「何この朝食、三角ばっか」
「ははは、今日は三角が手伝ってくれたんだな」
「おみ、だいせーかぁい!」
賑やかな食卓に、やっぱり今日も朝から至さんはいなかった。