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3月9日  【A3】

第19章 上匂


 仕事と買い物を終え寮に戻った時、談話室から万里君の声が聞こえた。

 「これで全員か。じゃあ、最後は俺な」

 何となく入るのも憚られて、ドアノブを捻るのに躊躇する。

 間も無く、万里君のポートレートが始まった。
 熱い胸の内を聞いた。

 ほんの数分のことなのに、一つの舞台を見たような気持ちになった。

 上手い、以上の何か。
 もっと、グッと来るもの。

 胸を打たれる感覚を、今確かに感じた。

 「ーー俺は生まれて初めて、マジになれるモンに出会えたんだ」

 慈しむように言った後、

 『舞台の上でも、絶対お前をぶちのめす』

 力強い声が寮内に響き渡った。

 「…以上。俺の『ポートレイト』終わり。っつーことで、入ってきていいぞ。誰か…って、芽李さんかよ、おかえり」
 「ただいま」
 「芽李ちゃん。おかえり。
 万里君、すごく良くなったよ!」
 「おかえり。うん。十座のもよかったけど、万里のも並ぶな」
 「え!秋組全員でポートレイトしてたの??万里君だけじゃなく?!」
 「まぁ、ちょっとな。見たいって顔に書いてあるけど、また今度な」

 見たいと思っていないと言ったら嘘になるけど、あの熱量でポートレイトをやるくらいだ、私だって一応空気を読む。

 「大丈夫。誕生日にみんなにやってもらうから」
 「はは、芽李さんならやりかねない、怖いな」
 「ふふ。ごめんね、邪魔しちゃって、荷物置きに来ただけなの。
 そしたら、万里君のポートレイト始まったところで、部屋に戻ろうと思ったんだけど、聞き入ってしまって。
 だから、荷物置いたらもどるので」

 買い物袋の一つを臣君が持ってくれ、キッチンに入る時そう言えば、

 「芽李さん、ここにいて、」

 太一君の縋るような声が聞こえて、そっちに視線を向ける。

 「お願い、」
 「…え。いいけど。いいのかな」

 ちらっと、ほかの秋組を見ればうなづかれた。

 「わかった」

 さっさと片付けをすませ、そっとその輪に入る。

 「芽李さん、俺なんだ。衣装とか…」

 言い淀む彼のその言葉に、驚いたのと同時にホッとしてしまった自分がいた。
 真剣に話す太一君に、私は自分が一因じゃなくてよかったって、思った瞬間に自分が嫌になった。

 「ごめんなさい」
 「…」
 
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