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3月9日  【A3】

第18章 松月


 「至さんが好きなんだよな?」

 眩暈がした。
 自分のことではないにしろ、芽李さんや、至さんのそばにいるからだ。

 「うん、でも言わない」
 「言えばいいだろ」
 「至さんに、奪って貰えばいいじゃん」

 傷ついたように笑った彼女をみて、言葉を間違えたことに気づく。

 「至さんのことと同じくらい、この場所が大好きなの」
 「…」
 「はじめてこの場所に入った時、取り残されたみたいに静かで寂しい場所だと思った。

 支配人がなんとか1人で耐えて、左京さんが護りたいってなんとか頑張った場所だった。

 監督が来てから、花なんて何年も咲いてなかったのに、長い間眠っていた種がようやく芽吹いて、やっと元の姿を取り戻しつつある」

 物語を読み聞かせるように、温かい声で続ける。

 「支配人や左京さんが護りたかったのは、これなんだって、春組を立ち上げた時思ったの。

 両親が亡くなって、咲とも生き別れて、こんな気持ちになれたのはじめてだった。
 一つ一つ出来上がって行く姿をみて、もがいても悩んでも、それだけじゃないって、明るいことがあるって希望を持てたの。
 私には、咲しかいなかった。でも、今は違う」

 はじめて、本心に触れられたような気がした。

 「みんながいる。大好きな人達が笑っているこの場所を、もう無くしたくないの。
 この場所が、私の居場所だから。
 この場所を思えば、灯りを見失わずにいられるから、だから至さんに気持ちは伝えない。
 大事に持っておく」

 大事に持っておくなら、尚更、なんで自分から手放すようなこと言うんだよ。

 「弱み、握られてんの?」
 「…まぁね」

 歯切れの悪い彼女の返事に、今じゃないと聞けない気がして、アホなフリして聞く。

 「それって、なに?希望ってだけじゃねぇんじゃねぇの?」
 「だから、無くしたくないんだよ」
 「婚約者がいたって、そばにいる事はできるだろ?
 結婚で、そこまで縛られるとは思えない。話しぶりで、婚約者がそこまで悪い奴とも思えない」
 「…」
 「ちゃんと、最後まで聞かなきゃ納得いかねぇ。俺の初恋終わらせる理由をくれよ」
 「…わかった。もう、降参。誤魔化さないでいうよ」
 
 それが彼女にとってどれだけの覚悟だったか、ぽつりぽつりと語り出したのを聞きながら、思い知った。
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