第18章 松月
「至さんが好きなんだよな?」
眩暈がした。
自分のことではないにしろ、芽李さんや、至さんのそばにいるからだ。
「うん、でも言わない」
「言えばいいだろ」
「至さんに、奪って貰えばいいじゃん」
傷ついたように笑った彼女をみて、言葉を間違えたことに気づく。
「至さんのことと同じくらい、この場所が大好きなの」
「…」
「はじめてこの場所に入った時、取り残されたみたいに静かで寂しい場所だと思った。
支配人がなんとか1人で耐えて、左京さんが護りたいってなんとか頑張った場所だった。
監督が来てから、花なんて何年も咲いてなかったのに、長い間眠っていた種がようやく芽吹いて、やっと元の姿を取り戻しつつある」
物語を読み聞かせるように、温かい声で続ける。
「支配人や左京さんが護りたかったのは、これなんだって、春組を立ち上げた時思ったの。
両親が亡くなって、咲とも生き別れて、こんな気持ちになれたのはじめてだった。
一つ一つ出来上がって行く姿をみて、もがいても悩んでも、それだけじゃないって、明るいことがあるって希望を持てたの。
私には、咲しかいなかった。でも、今は違う」
はじめて、本心に触れられたような気がした。
「みんながいる。大好きな人達が笑っているこの場所を、もう無くしたくないの。
この場所が、私の居場所だから。
この場所を思えば、灯りを見失わずにいられるから、だから至さんに気持ちは伝えない。
大事に持っておく」
大事に持っておくなら、尚更、なんで自分から手放すようなこと言うんだよ。
「弱み、握られてんの?」
「…まぁね」
歯切れの悪い彼女の返事に、今じゃないと聞けない気がして、アホなフリして聞く。
「それって、なに?希望ってだけじゃねぇんじゃねぇの?」
「だから、無くしたくないんだよ」
「婚約者がいたって、そばにいる事はできるだろ?
結婚で、そこまで縛られるとは思えない。話しぶりで、婚約者がそこまで悪い奴とも思えない」
「…」
「ちゃんと、最後まで聞かなきゃ納得いかねぇ。俺の初恋終わらせる理由をくれよ」
「…わかった。もう、降参。誤魔化さないでいうよ」
それが彼女にとってどれだけの覚悟だったか、ぽつりぽつりと語り出したのを聞きながら、思い知った。