第18章 松月
何も言わずにそばにいてくれる。
それが少し不思議に思った。
「咲」
「うん?」
少し見上げる位置にある、咲の瞳。
いつの間にか、曇天の切れ間から刺した夕陽。
とても綺麗で、泣きそうになる。
「何にも、聞かないの?」
「…ふふ、」
花が咲くように笑う咲。
「聞いても、いいの?」
「…」
「…いいよ、言わなくても。そばに居させてくれるなら」
「え?」
「オレね、色々考えて。芽李姉ちゃんと色々あって、喧嘩みたいにもなって、それで、思ったんだ」
ピタッと、足を止めた咲。
「芽李姉ちゃんが、笑ってるならいいって。
オレのそばに居てくれるなら、それだけでいいって。
あと、無理に聞いたって意固地になるでしょ。オレと同じで頑固なところあるし、それに…」
「なに?」
「…ううん、コレは少し恥ずかしいからまだ言わない。早く行こ、ねぇちゃん。
今度はオレが、手を引いてあげる」
そっと、私の優しく手を取り、走り出す咲。
いつかの、あの日のように。
ーーー
ー
「咲、早いって」
「えへへ、ごめん」
お店の入り口あたりで、パッと手を離した咲。
どこに行くのかと思えば、自販機で水を買って差し出してくる。
「そこのベンチ座ろ」
「うん」
咲と並んで座る。
「疲れた?」
「咲、足速いんだもん」
「ごめんね」
「ううん。思いっきり走ったら、少しスッキリした」
「それならよかった。…すごかったね、秋組のみんな」
「うん」
少しだけ流れた沈黙でさえ、今の咲となら心地いい。
「オレも、また、早く舞台に立ちたくなった」
「うん」
「いろんな役を演じて、もっと芽李姉ちゃんや、お客さんを笑顔にしたい」
「…咲が笑ってたら、それだけで、私も笑顔になるよ」
「もう、芽李姉ちゃんってば」
「ごめんごめん、続けて?」
むすっと、ほっぺに空気をためる咲。
私の可愛い弟。
ねぇちゃん想いの、優しい弟。
昔は咲がいればいいって、ただそれだけだったのに。
大切なものが、いつのまにか増えてしまったみたいだ。
「あの、」
「え?」
「あ、やっぱり」
ぺこっと咲が会釈した先に、見知ったひょこっと髪が揺れる。