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3月9日  【A3】

第18章 松月


 何も言わずにそばにいてくれる。
 それが少し不思議に思った。

 「咲」
 「うん?」

 少し見上げる位置にある、咲の瞳。
 いつの間にか、曇天の切れ間から刺した夕陽。

 とても綺麗で、泣きそうになる。

 「何にも、聞かないの?」
 「…ふふ、」

 花が咲くように笑う咲。

 「聞いても、いいの?」
 「…」
 「…いいよ、言わなくても。そばに居させてくれるなら」
 「え?」
 「オレね、色々考えて。芽李姉ちゃんと色々あって、喧嘩みたいにもなって、それで、思ったんだ」

 ピタッと、足を止めた咲。

 「芽李姉ちゃんが、笑ってるならいいって。
 オレのそばに居てくれるなら、それだけでいいって。

 あと、無理に聞いたって意固地になるでしょ。オレと同じで頑固なところあるし、それに…」
 「なに?」
 「…ううん、コレは少し恥ずかしいからまだ言わない。早く行こ、ねぇちゃん。
 今度はオレが、手を引いてあげる」

 そっと、私の優しく手を取り、走り出す咲。
 いつかの、あの日のように。


ーーー


 「咲、早いって」
 「えへへ、ごめん」

 お店の入り口あたりで、パッと手を離した咲。
 どこに行くのかと思えば、自販機で水を買って差し出してくる。

 「そこのベンチ座ろ」
 「うん」

 咲と並んで座る。

 「疲れた?」
 「咲、足速いんだもん」
 「ごめんね」
 「ううん。思いっきり走ったら、少しスッキリした」
 「それならよかった。…すごかったね、秋組のみんな」
 「うん」

 少しだけ流れた沈黙でさえ、今の咲となら心地いい。

 「オレも、また、早く舞台に立ちたくなった」
 「うん」
 「いろんな役を演じて、もっと芽李姉ちゃんや、お客さんを笑顔にしたい」
 「…咲が笑ってたら、それだけで、私も笑顔になるよ」
 「もう、芽李姉ちゃんってば」
 「ごめんごめん、続けて?」

 むすっと、ほっぺに空気をためる咲。
 私の可愛い弟。

 ねぇちゃん想いの、優しい弟。

 昔は咲がいればいいって、ただそれだけだったのに。 
 大切なものが、いつのまにか増えてしまったみたいだ。

 「あの、」
 「え?」
 「あ、やっぱり」

 ぺこっと咲が会釈した先に、見知ったひょこっと髪が揺れる。
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