第16章 鬱金
「襲われたくないから、却下」
「じゃあ、ホテルでも行く?」
「…いいよって言ったら?」
ドキッとした。
いや、襲われたくないって言ったじゃん。
却下って。
「急ブレーキ危ないよ?」
「動揺してんの」
「動揺したんだ?」
「お前、そんなこと誰にでも言うの?」
俺にだけって、いってよ。
すぐに、言ってよ。
「芽李?」
チラッと、芽李の顔を盗み見る。
照れてる訳ではなさそう。
…というか、そんな表情俺は知らない。
「……高いところにしてよね。
夜景が綺麗で、至さんでも手が届かないくらいの金額のホテルじゃなかったらついてかないから」
会ってない間に、覚えた表情なの?
「うわ」
「うわって」
「まー、いーけど」
「冗談だよね?」
そんなつもり、ないけど。
「冗談でしょ」
俺だって誤魔化す。
情けなくどこに寄るでもなく、寮へと着く。
エンジンを止めた。
ベルトを外して、ドアノブに手をかける芽李が、この車から出たら何か変わってしまうような気もして、引き留めた。
ガシッと手首を掴む。
俺とは裏腹に芽李の手首は、細くひんやりと冷たかった。
いつもと反対な気もする。
「至さん?」
とぼけたフリで、名前なんて呼ぶなよ。
ほんとに、言ってくれないの?
あんなに強く抱きしめられてたくせに。
…なんて、彼女の中であの場所にいるはずもない俺に、言い訳も弁明もするわけもないか。
少し抱きしめられたくらいで、問い詰めて仕舞えば小さい男だと思われそうでできない。
いや、…現に小さい男なんだけど。
「…あ、ごめん。思いの外手首細かったからビビってた。
夜食は、肉まんがいいなって」
本日何度目かの誤魔化し。
手を離した時、跡に残ってなくて少しだけホッとした。
「え?ピザじゃなくていいの?」
「うん」
「そ?」
「だから、一緒にたべよ?バンリも呼ぶから」
「うん、わかった」
車から降りる芽李。
これ以上情けないところを晒すわけにはいかないと、クールダウンのために少し時間が欲しい。