第16章 鬱金
「ねぇ、芽李。
先に行ってて、俺、上司に電話しなきゃいけないの忘れてた。
ここでかけてくから」
そんな用事1ミリもないけど。
「うん、わかった。みんなにも伝えておくね」
「よろしく」
パタンとドアを閉めた時、少しだけ胸が痛んだ。
違うな…。
今日はずっと、胸が痛い。
やっぱ嫌だよ、他のやつに抱きしめられてるの見るなんて。
それも、カンパニーの奴らじゃないのに。
ハンドルに身を預ける。
俺、こんなキャラじゃないっつーの。
もっと飄々と、来るもの拒まず去るもの追わずで出来るはずだろって。
…らしくなさすぎ。
トントンと、窓が叩かれる。
ふと、助手席に目をやればシトロンがいる。
こんな時に、なんだよって思いながらドアを開けてやる。
「イタル、グアム行きたいネ?」
「いや、今は行きたくないって言うか、何急に」
「間違ったよ、ぐあいわるいネ?」
「ははは、そっちか。そーそー、傷心中」
ずけずけと乗り込んできたくせに、ズカズカと入り込んでくることはせずそっと寄り添うように俺の次の言葉を待ってるみたいだ。
「好きな子がさ、よく知らない男に抱きしめられてたんだよね。別にだからどうってこともないんだけど、事情くらい話してくれるんじゃないかって、少し期待してた。
…それくらい、誰よりもその子の中で一歩リードしてるんじゃないかって」
「そう…」
「なんてね、意外と俺心狭かったみたいだ」
ハハっと笑って見せれば、俺よりも傷ついた顔をする。
「シトロン」
「ん?」
「変なこと言って悪い、聞いてもらって楽になった」
「いつでも、聞くヨ。イタルはかぞくだから」
「ありがとう」
この話は終わりと、気持ちを切り替えるように言えば、シトロンがさらに顔を歪める。
「けどイタル、我慢は良くないネ。聞きたいことがあるなら、言える時に言わないといけないヨ」
「うん、」
「好きなら好きって、ちゃんと」
「…」
「フラれたら春組で慰めてあげるネ」
「俺はフラれる前提なの?」
「当たって岩をもくだく?」
「なんの話?必殺技?」
「当たって孔雀?」
「ふっ、…ははっ、分かった。当たって砕けろね」
「それだよ!」
「分かったよ、砕けたくはないけどタイミング見て言う」