第14章 冬桜
憂を帯びた至さんの目に見つめられるだけで、時が止まるようで。
その唇がうごくだけで、胸が弾んで…。
「どこ行ってたの、法事なんて嘘ついて」
「っ、」
「少し、痩せたね。…っというか、窶れた?」
「…デリカシーは?」
「ごめんごめん。途中で電話切られたからついね」
「根に持ってる」
「当たり前でしょ、電源切って。なんで見ず知らずのはずの、十座の携帯には出るかな?」
「それは、たまたま」
「俺、1日3回は電話して、たまに留守電も入れてたのに」
…それはちょっと怖い。
「って言うのは冗談だけど、心配だったよ」
「…うん。ねぇねぇ、至さん?」
「なに?」
「ぎゅってして、すご〜くつよくギュッて、」
「俺そんなに力無いけど?」
「…知ってます、やっぱいいや」
パッと離れて、
…というか、よく考えたらこの状況おかし過ぎるし。
至さんとは、何もないんだし。
…私、人妻だし。
「って、嘘嘘。拗ねるな、拗ねるな」
カバンを置いた至さんが、ぎゅーっと私を抱きしめる。
「お帰り、芽李」
「もっと、」
「無理ゲー。ちょっと次までに体力つけてくるわ」
「ん」
「どーしたの、なんかあったの?」
「…至さんに、こうして欲しいって、…その、お、思ってたの!何もないけど、至さんが、よかった」
「…俺の部屋くる?」
コクッとうなづく。
…最低かな、私。
仮とは言え、婚約者がいるのに。
それよりなにより、弟にあんな顔させたくせに。
私のこと全部知ったら、至さんだって拒絶するかもしれない。
こうやって、逃げ道にしてるだけかもしれないのに。
「難しい顔してる。せっかく可愛いのに、眉間に皺寄ってる。ほら、跡になっちゃうからやめな?」
サッと離れた至さんが、カバンを持ち上げて。
「久しぶりに、夜食食べたいな」
「いづみちゃんの作ったカレー残ってるよ?」
「バカ。芽李の作ったのが食いたいんだけど?」
「材料あるかな…」
「その間に俺お風呂に入るからさ?」
「なんか、思ってたのと違うな」
「違くないよ、ちょっとタイムってだけで。俺今日外回りでさ、汗だくなんだよね。体力ないのに。
先輩が、最近ちょくちょく遠くに出張行っちゃうせいで、その分俺に回ってくるんだよなぁ」