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3月9日  【A3】

第12章 ※長州緋桜


 「とりあえず、座ったらどうだ?のみものは、コーヒーでいいかね?」
 「あぁ。それで、息子さんはどちらに?」
 「すまない、息子の妻に迎え入れたかったのだが、残念ながらそれは、"叶わなくなってしまってね。"」
 「それじゃあ、契約は??」

 安堵する私と、焦ったようにいう"叔父様"。

 「もちろん、忘れるわけはあるまい。
 君と私の中だ。代わりと言ってはなんだが、私の部下を紹介しよう。息子にもしもの時があった時、私は彼に会社を任せようと思っていてね。信頼における人物なんだ。もうすぐ来るだろう」
 「それじゃあ、芽李。ここで待っていなさい。私たちは大事な話があるからね」

 嬉しそうに、弾んだ声。

 すまない、ことなんてない。
 息子と結婚しないなら、替え玉なんていらない。

 部下なんて、紹介なんていらない。

 帰りたい。

 かえりたい、かえりたい。

 わたしは、全く知らない人と生活しなきゃいけなくなる。
 今日からしばらく。いつ終わるかもわからない、生活を。

 逃げたい。

 にげたい、にげたい。

 そう思うたびに、カンパニーのみんなの顔が浮かぶ。

 …咲の顔が浮かぶ。

 ぎゅっと握りしめたスカートは、すっかり皺になってしまった。

 運ばれてきたアイスコーヒーもしばらく立つと、結露が溜まって、カランコロンと溶けた氷がぶつかる音がする。

 そんなとき、ポンっと、叩かれた肩。

 それが誰かはわからないけど、
 振り向いたら、きっと、もう戻れない。

 だから、ぎゅっと唇を噛み締めた。

 よくて、お店の人。
 それか、物好きの女好き。
 今日の私は、格好だけ見れば、それなりだ。

 悪くて、きっと、部下の人。

 ゆっくりと、振り向く。

 「え…………、あなたは…、」
 「静かに」

 振り向いた先で、その男性越しに"叔父様"と、そのお友達が話しているのが目に映る。

 「なんで、」

 「君を迎えにきたって言ったら?」

 「まさか」

 「…っていうのは、冗談。

 こんなところで会えるなんてね、
 まさか、俺の上司の知り合いの娘って君のこと?

 顔見知りなのは俺としては、都合がいいけど、ここは、お互い初めまして方が都合がいいだろう。

 できる?

 君のためにもなると思うんだけど。」

 コクコクっとうなづく。
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