第12章 ※長州緋桜
「とりあえず、座ったらどうだ?のみものは、コーヒーでいいかね?」
「あぁ。それで、息子さんはどちらに?」
「すまない、息子の妻に迎え入れたかったのだが、残念ながらそれは、"叶わなくなってしまってね。"」
「それじゃあ、契約は??」
安堵する私と、焦ったようにいう"叔父様"。
「もちろん、忘れるわけはあるまい。
君と私の中だ。代わりと言ってはなんだが、私の部下を紹介しよう。息子にもしもの時があった時、私は彼に会社を任せようと思っていてね。信頼における人物なんだ。もうすぐ来るだろう」
「それじゃあ、芽李。ここで待っていなさい。私たちは大事な話があるからね」
嬉しそうに、弾んだ声。
すまない、ことなんてない。
息子と結婚しないなら、替え玉なんていらない。
部下なんて、紹介なんていらない。
帰りたい。
かえりたい、かえりたい。
わたしは、全く知らない人と生活しなきゃいけなくなる。
今日からしばらく。いつ終わるかもわからない、生活を。
逃げたい。
にげたい、にげたい。
そう思うたびに、カンパニーのみんなの顔が浮かぶ。
…咲の顔が浮かぶ。
ぎゅっと握りしめたスカートは、すっかり皺になってしまった。
運ばれてきたアイスコーヒーもしばらく立つと、結露が溜まって、カランコロンと溶けた氷がぶつかる音がする。
そんなとき、ポンっと、叩かれた肩。
それが誰かはわからないけど、
振り向いたら、きっと、もう戻れない。
だから、ぎゅっと唇を噛み締めた。
よくて、お店の人。
それか、物好きの女好き。
今日の私は、格好だけ見れば、それなりだ。
悪くて、きっと、部下の人。
ゆっくりと、振り向く。
「え…………、あなたは…、」
「静かに」
振り向いた先で、その男性越しに"叔父様"と、そのお友達が話しているのが目に映る。
「なんで、」
「君を迎えにきたって言ったら?」
「まさか」
「…っていうのは、冗談。
こんなところで会えるなんてね、
まさか、俺の上司の知り合いの娘って君のこと?
顔見知りなのは俺としては、都合がいいけど、ここは、お互い初めまして方が都合がいいだろう。
できる?
君のためにもなると思うんだけど。」
コクコクっとうなづく。