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3月9日  【A3】

第12章 ※長州緋桜


 どんどんどんどんと、けたたましくドアがたたかれる。

 思い出にいたせいで、それが夢だったのか、起きていたのか正直わからない。

 「はい、」

 「朝だ。出かけるぞ」

 「はい…」


 初めに連れて行かれたのは、入ったこともないような高級サロン。

 後にいろんな人たちが入ってきて、勝手に手が加えられていくのを、人ごとのように見ていた。

 鏡に映る自分は、今まで見た中でもダントツなほど正気のない顔をしているのに、人の手によってそんなのどうでもいいと言うように、造られていく。

 血色の良い肌、
 長いまつ毛、
 形のいい眉、
 ふっくらとした唇。

 切り揃えられた髪が、緩く巻かれる。

 はじめまして、知らない私。

 大きな鏡の前で、私は色んな服を当てられて、これはいいあれはよくないと、大勢によって決められた服を、やっと手渡される。

 私のらしくない、ワンピース。
 高くて細いヒールの靴。
 あちこちにつけられた、アクセサリー。

 それから、何も入らないような小さい鞄。


 「大変お綺麗です」


 鏡越しに言われても、実感がない。

 「見れるようになったじゃないか」

 その言葉に嬉しさも何もない。

 例えばこれが、幸くんの作ったワンピースだったなら、
 隣を歩くのが、
 今からお嫁さんになりにいくのが、

 …。

 そこまで想像してやめた。
 あまりにも、惨めに思えて。

 タクシーに乗せられてついたのは、大きなホテル。

 名前だけは聞いたことがある、大手だ。

 「やぁ、おまたせして申し訳ない」

 親戚が見たこともない顔で、愛想をふってる。

 その声に立ち上がったのは、見たことがない威圧感のある、年配の男性だった。
 …類は友を呼ぶらしい。

 「すみませんな、突然よびだしてしまって。そちらが例のお嬢さん?」
 「ええ、どうですかな」
 「聞いてた以上の…いや、なんでもない」
 「さぁ、挨拶しなさい」

 あの頃のように、大人に好かれるよう笑顔を浮かべて。

 「はい、…佐久間、芽李です。叔父様には、大変幼い頃からよくしていただいて、今でもこうして気にかけていただいているんです。こんな私に、お見合いなんて縁のない物だとおもっていましたので、こう言う機会をいただけて大変嬉しくおもっております」

 ペラペラと嘘を並べる。
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