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3月9日  【A3】

第12章 ※長州緋桜


 『幼い頃、ちゃんとご飯は出してもらっていた』

 そこの家族の夕飯の残りだ。
 唐揚げに敷かれたレタスだけが"夕飯"の時もあった。

 お腹が空きすぎて、寝られなかった時、夜中にキッチンに忍び込んで、見つかった時はものすごく怒られた。

 『お風呂だって順番は一番最後だったけど咲と一緒に入れてもらえていた』

 それでも、シャワーは使わせてもらえなくて、ぬるくて、毎回風邪をひきそうだった。

 ドライヤーだけは、頼み込んで、咲だけかけさせてもらってた。

 『お洋服だってそこに住む歳上の子たちのお下がりをもらえていたから、最低限生活は出来ていた』

 当時の私は、男の子の格好ばかりしていた。
 着れる服がなかったから。

 だから、ほんとうは、ギリギリの生活だった。


 だけど、


 『咲といれば寂しくなかったし、両親といた頃に比べればだいぶ質素だったけど幼さを理由に気付かないふりをすれば大丈夫だった』

 両親がいなくなった後の生活が、どういう風に送られることが普通なのか、わからなかった。
 だから、それが普通だって思ってた。

 2人で生きていけるなら、どんな生活だって、"まし"だと思ってた。

 『両親が居なくなって、何かと親戚の集まりに連れて行かれる時』

 その時だけはまともな格好をさせられて、有る事無い事言わされた。


 《すごくよくしていただいてます、私も弟も》


 誰かに会った時の、常套句だった。
 そう言うように、教えられた。
 
 『聞き分けの良いふりをすると、子どもらしくないと、何人かの大人達に言われたこともあった』

 そうでもしないと、強くあたられる。
 咲にその手が及ばないように、私は頭をいつも働かせてた。

 『笑っていれば大人達の機嫌を損ねないで済むと気づいた時から、いつでも笑顔でいるようになった』


 自分よりも少し大人な、

 "歳上の子たち"のストレスの捌け口にだって、
 サウンドバックにだって、

 この、2人の生活をまもるためならなんだってできた。
 こんな生活を送るのに、あの頃の私は必死だった。

 …自分達を守るための術が他にはなかったから。

 必死に守っていたはずなのに、

 大家さんにここから連れ出してもらった後、ようやく息の仕方を思い出したのだ。

 …欲を言えば、

 そこに咲さえいれば完璧だった。
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