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3月9日  【A3】

第12章 ※長州緋桜


 どのくらいそうしていただろう、何度目かの振り子の音がボーンボーンと、聞こえてきた時、軋む床の音がこちらに向かってくるのが分かった。

 スパーンと、襖が開く。

 「芽李か…?」

 耳を触るその声に、さっきまで落ち着いていたはずの心臓が、また大きくなり出す。

 「見違えたよ!綺麗になったじゃないか!」

 …すっかり、忘れていた。
 忘れようと、蓋をしようと、思い出さないように、奥底にしまっていたのに。

 「父さんに聞いた時は、まさかと思ったんだ!会いたかったよ!!」

 こわくて、

 こわくて、

 こわくて、

 あ、

 そっか、


 わたし…、


 キーンと耳鳴りがして、走馬灯のように今まで蓋をしていた記憶が溢れ出す。


 こんな時に、いつだって足が動かない。

 まるで重い、重い、足枷がつけられてるみたいだ。


 ガシッと肩が掴まれ、組み敷かれる。

 一瞬の出来事で、自分でも何が起きたかわからない。
 骨が軋みそうなほど、強い力だと言うことだけは分かった。

 その指には、指輪がはまっている。

 「話を聞いた時は、残念だって思ったんだ!あの頃は、勢いであんなことしてしまった!と思ったけど、こんなに綺麗になるんだったら、うなづけるよ!」

 …っ、!

 「結婚すると聞いた時は、悔しかったけど、その前に味見するのもいいかなって思って、帰ってきたんだ!!」

 ひゅっと、喉が鳴る。

 …やっぱり、かわってない。

 なにも、変わってない。

 「なにをしている!!」
 「父さん?!」

 仁王立ちで、入口に立つその"親戚"。

 「こいつは、大事な取引につかうんだぞ!お前は、そんなこともわからないのか!!」

 その大きく怒鳴る声に、体の上から重さが退く。

 「明日は大事な顔合わせなんだぞ!
 芽李も恥を知りなさい!!早く部屋に戻りなさい!用意したと言っていただろう!
 全く、本当に使えない娘だ」

 理不尽な罵声に、体を震わすことすらできずに、“用意された部屋"に赴く。

 真っ暗で、埃臭くて、狭い。

 ぱちっと電気をつけても、薄暗くて。
 そう、だ。

 こんなものだった。

 
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