• テキストサイズ

3月9日  【A3】

第12章 ※長州緋桜


 「お金なら、もう十分にお返ししたはずです」
 「貸し借りの時は、かならず"利子"が発生する。そう言う物だろう?」
 「利子…」
 「君はこの家にいるのが嫌らしいからな。何もここで、奉公しろとは言わない。」
 「…」
 「私の古い友人の息子に、君のことを話したら是非娶りたいと言うんだ。
 こちらに、援助もしてくれるという。いい話だろう?君もそれぐらいの歳になったんだ。君にとってもいい話のはずだが?」

 "娶りたい" ?
 “いい話" ?

 「だから、…帰ってこいって、」
 「向こうさんも、来年の春まで待つように伝えたら、大変残念がっていたけどね。
 それでも、いいと。いい返事をくれたよ。本当に、私のように慈悲深いと思わないかね」
 「わたしは、その方に面識などございませんが、どうして、わたしを?」
 「さぁな。物好きもいた物だとは思ったが、……まぁ、まだ君に使い道があったんだと、私も安心したよ。
 試しに、同棲してみないかっていうことになってね、明日さっそく顔合わせだ」

 全身の血の気が、ひいてくのがわかる。
 指先はもう冷たいのに、背中には汗が伝う。
 ぐるぐると、目が回りそうだ。

 「話が、ちがうじゃないですか、今回は、話だけって、」
 「あぁ。"結婚の話"が春先まで伸びたって言う話だ」

 こうなるかもしれない、って、分かってたはずなのに。
 もう帰れないかもしれないって、思ってたはずなのに。

 「話は終わりだ、…逃げ出してもいいが、わかっているね?今日は、うちに泊まるといい。君たちが使っていたあの部屋を、開けてある」

 そう言って、私を部屋に残し親戚は出て行った。
 とおざかっていく、廊下の軋む音。

 "お互いに納得のいくまで"

 そう心に決めてきたくせに、向こうの主導権で終わった。

 咲に、絶対帰るって言ったのに、

 「さく…」

 写真に閉じ込められた咲。

 こんなにいっぱい…。


 さっきまで晴れていたはずの空が、慰めるように雨を降らす。


 臆病な私は、携帯の電源を入れることすらできない。
 入れて仕舞えば、きっと、助けを求めてしまうから。


 
/ 553ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp