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3月9日  【A3】

第12章 ※長州緋桜


 「さぁ、おあがんなさい」

 その言葉に従って、一歩中に踏み入れれば、もう二度とこの門の外に出られないかもしれない。

 中に入ると、するっと私の脇を通り抜けて、親戚はがじゃんと大きな音を立てて門を閉める。
 出られないことを、肯定するように。

 「素直に来てくれて、よかったよ。もう少し遅ければ、こちらから出向くつもりだったからね」

 …そうならなくて、よかった。

 中に入ると、あの頃よりも物が少なく、広くなってる気がする。

 「そう、ですか。あの、それで、お願いっていうのは?」
 「まぁ、そう焦らずとも。さぁ、お座りなさい」

 通された部屋には、無表情な先祖の顔が天井付近の壁に貼り付けられていて、私を睨んでるみたいにも思える。

 …なんて、気にしすぎか。

 座るように促された場所に、当然座布団なんてあるはずもなく、むこうは座椅子に腰掛けている。

 「…」
 「私は、幼い君たちを引き取って、成長を見守ってきた。学校にも行かせてやった。亡くなってしまった、君のご両親の代わりに」
 「はい、」
 「私にも家族がいるのにも、"かかわらず" だ。慈悲をかけてやったのに、君は、あの大家の男の言いなりになってこの家を出た」
 「…っ、」
 「それでも、私は大目に見てやった。"咲也" くんのことだって、結果、いい方向にいっただろ。
 君はあの日、私たちに噛み付いたが」

 そう言って出してきたのは、見慣れたフライヤー。
 手を伸ばそうとすると、勢いよく引き抜かれる。

 「君の弟、咲也君は今役者をやっているらしいな。他にも、」

 バサバサと、茶色い紙袋から出てきたのは、隠し撮りされたような、咲の写真だった。

 「これは、」
 「君は、弟を探していたよな」
 「…」
 「それとももう、必要ないかな?」

 どくん、どくんと、心臓が嫌な音を立てる。
 目の前で一枚、徐に持ち上げた写真は、遠い昔の咲の写真だった。

 小さい頃、シャッターを見つめて、にっこり笑った咲が手を伸ばしている写真だ。

 見せつけるように、それを真ん中から引き裂かれていく。

 「待ってください!」

 亀裂が、咲に入る前に引き留める。

 「君の返事次第だ」
 「何をしろって、言うんですか、」
 「少々、事業が失敗してね」


 「お金、ですか?」


 

 
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