第11章 染井吉野
…そして迎えたゲネプロ。
「さぁ、気合い入れてこ!」
今回春組は裏方を担当する。
夏組のみんなは、ソワソワしてる。
緊張、こっちまで伝わってくる。
「支配人、そろそろ時間ですよね。」
「そうですね!報道各社の方々、そろそろ誘導してきますぅ」
そう言ってパタパタと行った支配人の背中を見送って、こっちはこっちで作業を終わらす。
「ねぇ」
「ん?あ、幸くん」
「春組の時は、芽李さんがヘアメイクしたんでしょ?」
「…いやぁ、」
「インチキが自慢してた」
…インチキ?
「どっちの?」
「どっちも、」
いらんこといいやがって。
「少し撫でたくらいだよ、たいしたことしてない」
「ポンコツにも優しくしてた」
「変だな、みんなにしてるつもりなんだけど」
「…」
「わかったよ、なにがお望み?」
「やっぱいい!握手して、オレと!」
そっと手を差し出せば、思い切りぎゅっと掴まれた。
「行ってくるから、ちゃんと見とけ!」
頼もしい。
パッと離れた手と、恥ずかしいのかドタドタと足音を鳴らしながらどこかへ行ってしまったシェヘラザードに、私は舞台が成功するように祈るしかできないけど…
「芽李さん、こんなところにいたんすか。急がないと舞台始まっちゃいますよ!」
「綴くん、」
「とりあえずこっちっす、早く行きますよ!」
綴くんも頼もしくなったな…。
ーーーー
ーー
ホール内に入ると他の春組の子たちや、雄三さん達ももう来ていて、会場アナウンスからは支配人の声がする。
「どこにいたの、」
「控室の近くの通路にいましたよ」
「しー、始まっちゃうネ」
ブザーがなって下に見える報道陣も、余計静かになった。
『今宵も語って聞かせましょう、めくるめく千の物語のその一つ…』
「教えてくれ、シェヘラザード!幻の楽園は」
あれ?
天馬くん…?
調子が出ないのか、あまり声が出てないみたいだ。
緊張してるのかな、
『では今宵も語りましょう。昔々ある国に…』
「前置きが長い、三行で!」
『アラジン、魔法のランプ、魔法使い』
「行ってくる!」
…やっぱり、どこかおかしい。
天馬くんじゃないみたいだ。