第11章 染井吉野
火にかけた鍋はあっという間に温まって、他にすることはないかと明日の朝食の下拵えまで済ませようと取り掛かる。
夜の11時を過ぎてもまだ天馬くんは帰ってこなかった。
「芽李ちゃん…」
作業をしていると、申し訳なさそうにこちらを見る監督の姿。
「…あれ、みんなは?」
「明日も朝練と学校とかあるから、先に休むようにって」
そっか、だから静かなのか…。
「芽李ちゃんも、良かったら先に休んで?」
「待つよ!だって、天馬くんご飯食べてないでしょ」
「…温めるくらい、出すくらいするからさ?明日の朝も早いでしょ」
「でも、監督だって早いじゃない」
「私はいいの。他の劇団の手伝いはあっても、芽李ちゃんと違って、違う仕事してるわけじゃないもん。」
私が気を遣わないよう、言ってくれてるんだ
「でも、」
「ほら、私に任せて」
…よね、
「…ん、わかった。監督命令とあらば仕方ありませんな!先に休ませてもらうね。監督も無理しないでね?」
うんとうなづいた、監督にそう声をかけて、談話室から出て、パタンとドアを閉める。
歩き出そうとするも、あまりうまく行かない。
あれ、…
なんか、急に体が重いや。
「芽李?」
至さんの声が聞こえて、スイッチが入る。
バレちゃいけない、こんな気持ちも気怠さも…。
「至さん」
「天馬、まだ帰ってこないんだ?」
「みたいですね、だから。監督に任せてきちゃいました。」
「…芽李?」
「なんですか、…ふ、どんな感情なの。それ」
「え?、あー、コレはえっとー、俺とゲームしない?のお誘いの顔」
「今日はいいかな。朝の疲れかもしれないんだけど、きょうは速く休みたいんだ。誘ってくれてありがとう、」
「そう。」
無理に誘わない至さんも誘いに乗らないわたしも、珍しい。
「じゃあ、至さん。おやすみなさい」
「おやすみ、」
部屋に入って、一息つく。
なんだか、もうそこから何もする気にもならず、ベットに沈む体をそのまま預けて、ゆっくりと目を閉じる。
夢なのか、記憶なのか、コレまでのことが鮮明に脳裏にうかんで、
ー…気づいた時には朝になってた。