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3月9日  【A3】

第11章 染井吉野


 「ありがとうございます」

 そう言って振り向いた頃には、もう人混みに消えてしまっていた。

 「幸くんたちのところ、早く戻ろう」

 千景さんのお陰で拾い終わったフライヤーを丁寧に畳んでポケットに仕舞う。

 寮に戻ったら、ちゃんと治そう。

 「幸くん、椋くん、」

 歩き出して、遠くに見えた背中に声をかけようとした時、2人と同じくらいの年に見えるの男の子たちと、何やら話しているのが見えた。
 
 幸くんの声が所々聞こえる。
 …同級生かな?

 私が追いつく頃には、その男の子達はどっかに行ってしまっていたけど。

 何かあったのかな…。

 「来るの、遅すぎ」

 椋くんは切なげに眉を寄せて、幸くんの言葉に覇気がない。

 「フライヤー配り疲れた。2人とも帰るよ」

 ねぇ、ホントに疲れただけ?
 幸くんがにっと笑って私を通り過ぎる。

 「うん、」

 でも、椋くんと幸くんの距離が今までよりも近くになった気がする。

 「今日はカレーじゃないやつ食べたい」
 「じゃあ、オムライスはどう?」
 「いいね」
 「幸くん嬉しそう」
 「椋、うるさい」

 3人で並んで帰る。
 なんだかとっても疲れた。

 「チラシ、全部拾えたの?」
 「うん、優しい人が拾うの手伝ってくれてね」
 「ふーん、」

 興味のなさそうな返事に、まぁ…幸くんらしいと思う。

 「あ、盆踊りのチラシだ」

 椋くんの言葉にもうすぐ夏も本番なんだと感じた。

 「盆踊り、稽古とかお休みだったらみんなで行こうか」
 「いいね、乗った」
 「わぁ、楽しみです!」


ーーーーーー
ーーー


 「どこに行ってたんです、せーんぱい」
 「初恋の子が泣いているのを見つけてね」
 「…わーぉ、仕事中にチャラついてらぁ」

 コンビニの前で携帯をいじっている、茅ヶ崎のミルクティーブラウン混じりの髪がひょこっと跳ねた。

 「でも、珍しいな。先輩は、女性得意じゃないと思ってたんですけど」
 「………まぁ。特別な子だからね」
 「へぇ、先輩のそんな相手見てみたいな」
 「ホントに?」

 携帯をいじりながら、顔を上げない後輩は全く興味が無さそうだ。

 「あー。…やっぱりいいです。後が怖そうだし」

 携帯をしまった茅ヶ崎。

 途切れた蝉の声。
 茹だるような暑さに、蝉も鳴くのを躊躇しているようだった。
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