第11章 染井吉野
「ありがとうございます」
そう言って振り向いた頃には、もう人混みに消えてしまっていた。
「幸くんたちのところ、早く戻ろう」
千景さんのお陰で拾い終わったフライヤーを丁寧に畳んでポケットに仕舞う。
寮に戻ったら、ちゃんと治そう。
「幸くん、椋くん、」
歩き出して、遠くに見えた背中に声をかけようとした時、2人と同じくらいの年に見えるの男の子たちと、何やら話しているのが見えた。
幸くんの声が所々聞こえる。
…同級生かな?
私が追いつく頃には、その男の子達はどっかに行ってしまっていたけど。
何かあったのかな…。
「来るの、遅すぎ」
椋くんは切なげに眉を寄せて、幸くんの言葉に覇気がない。
「フライヤー配り疲れた。2人とも帰るよ」
ねぇ、ホントに疲れただけ?
幸くんがにっと笑って私を通り過ぎる。
「うん、」
でも、椋くんと幸くんの距離が今までよりも近くになった気がする。
「今日はカレーじゃないやつ食べたい」
「じゃあ、オムライスはどう?」
「いいね」
「幸くん嬉しそう」
「椋、うるさい」
3人で並んで帰る。
なんだかとっても疲れた。
「チラシ、全部拾えたの?」
「うん、優しい人が拾うの手伝ってくれてね」
「ふーん、」
興味のなさそうな返事に、まぁ…幸くんらしいと思う。
「あ、盆踊りのチラシだ」
椋くんの言葉にもうすぐ夏も本番なんだと感じた。
「盆踊り、稽古とかお休みだったらみんなで行こうか」
「いいね、乗った」
「わぁ、楽しみです!」
ーーーーーー
ーーー
「どこに行ってたんです、せーんぱい」
「初恋の子が泣いているのを見つけてね」
「…わーぉ、仕事中にチャラついてらぁ」
コンビニの前で携帯をいじっている、茅ヶ崎のミルクティーブラウン混じりの髪がひょこっと跳ねた。
「でも、珍しいな。先輩は、女性得意じゃないと思ってたんですけど」
「………まぁ。特別な子だからね」
「へぇ、先輩のそんな相手見てみたいな」
「ホントに?」
携帯をいじりながら、顔を上げない後輩は全く興味が無さそうだ。
「あー。…やっぱりいいです。後が怖そうだし」
携帯をしまった茅ヶ崎。
途切れた蝉の声。
茹だるような暑さに、蝉も鳴くのを躊躇しているようだった。