第10章 大島桜
「コーヒー、飲みます?」
「…少しだけもらおう。」
「はい、そこ座ってください。」
「ありがとうな」
カップにコーヒーを注いで左京さんの正面に座る。
「どうですか、夏組の稽古は。」
「お前、見てないのか?」
「質問に質問で返さないでくださいよ。」
「悪い、ついな。」
「…もう」
ずずっと、左京さんがコーヒーを啜った。
「たまに稽古観させてもらってますよ、春組ほどではないんですけど。」
「なぜだ?」
「理由はないんですけど、あくまでも私寮のお世話なので。メインは役者人と監督だから、本当はあまり関係ない私が口を挟むのもなって…まあ、脚本と衣装にはワクワクしちゃってそういうのも及ばなくなっちゃうんですけど。」
「そうか、」
「そういえば、左京さんは舞台経験あるんですか?」
「幼い頃に少しな」
「ふうん…」
左京さん、凄まなきゃかっこいいもんなぁ…
「なぁ」
「はい?」
「……なかなか見応えがある奴らだと思うぞ。」
「ふふ、そうですか。」
「春組も、良かったと思ってる。」
「左京さんの太鼓判なら間違いなしですね」
「まぁ、まだまだ伸びしろはあると思うがな。」
「はい」
「おっと…わるい。迫田から連絡がきたから帰るな。」
「はい。」
立ち上がった左京さんを、玄関まで見送るべく私も立ち上がる。
「じゃあな、コーヒーうまかった。ごちそうさん。」
「よかったです。またきてくださいね」
「変なやつだな…お前は相変わらず。」
「左京さんは、多分…ここにとって必要な人だと思うから。今までもこれからも。」
「生意気な奴だ。」
「左京さんに鍛えられましたからね、だいぶ。」
「ふっ、…じゃあ、またな。」
「はい、また。」
左京さんのうっすら漂った香水の残り香。
パタンとしまった玄関のドアに、なぜか少しだけ寂しさを感じて。
ふと一息つけば、わちゃわちゃと騒がしい声が聞こえてきた。
「めいここにいたんだぁ〜」
「三角くん?」
「こんな夜にどこか行くの〜」
「ううん、それよりどうかした?」
「カズがね、ビデオのデッキ借りてきたんだってぇ。お風呂からあがったら、見ようって、めいも見るでしょ〜」
「うん、観たい。」
三角くんがほわぁっと笑って八重歯が見えた。