第10章 大島桜
『君はそんなこと言えないはずだよ。』
「何を根拠に?」
強がっていっても、そんなことこの人に通じないことは知ってる。
小さい時に思い知らされた。
『君の弟、名前は…あぁ、そうだ思い出した。"さく君"いや、"咲也君"だったね。』
わざとらしい…。
「…もう、何年も生き別れてから、会ってません。」
『そうだろう、実はね。探偵を使って調べたら、案外すぐに分かったんだよ、彼の居場所が。』
…ひゅっと息がなった。
『今は役者をやっているそうだ。"MANKAIカンパニー”と言う劇団でな。』
なんで今更"さく"を…。
「そう、ですか。」
『役者はさぞ儲かるんだろうなぁ。君の返答次第では、彼に”お願い"してもいい。』
「あの子は、関係ありません!今は、もう…何年も前からこの家とは関係ないはずです!私が、帰れば…いいんですよね、」
私が帰っても、どうにもならないはずなのに。
『そうだな。』
「…お願いがあります」
『なんだ?』
「帰るのは、来年の春まで待っていただけませんか…?」
だけど、この人にとって利用価値があるならば、せめて、MANKAIカンパニーを立て直すまでは…。
「もちろん、それ以外はなんでもしますから。あの子のこともそっとしておいてください。お願いします!」
『そうか、では一度こちらに顔を出しなさい。その時にでもきちんと話をしよう』
「…わかりました。」
切れた電話に、ホッと胸を撫で下ろす。
公園には、生まれたばかりの蝉の声が響く。
「うるさいなぁ…」
やけに重い体に鞭を打って、約束通り職場に戻ろうと立ち上がる。
…猶予は来年の春。
咲と居られるのも、
「それまでか、」
「なぁにがそれまでだって?」
聞いたことがあるような、ないようなそんな声に顔を上げると、この間の男の子。
「また迷子か?」
「違うよ、今度はちゃんとわかってます。今お昼休憩中なの。万里君は?」
「俺のこと覚えてんだ?」
「あんな怪我してたら、忘れたくても忘れないって。怪我は?治ったの?」
「んまぁなぁ。慣れてっから。」
なぜか隣を並んで歩き出した彼に、少しだけ落ち着きを取り戻す。
「万里君、喧嘩はほどほどにね。」
「なんでそんなこと、アンタに…」
「万里君、花学でしょ?」