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3月9日  【A3】

第10章 大島桜


 『君はそんなこと言えないはずだよ。』
 「何を根拠に?」

 強がっていっても、そんなことこの人に通じないことは知ってる。

 小さい時に思い知らされた。

 『君の弟、名前は…あぁ、そうだ思い出した。"さく君"いや、"咲也君"だったね。』

 わざとらしい…。

 「…もう、何年も生き別れてから、会ってません。」
 『そうだろう、実はね。探偵を使って調べたら、案外すぐに分かったんだよ、彼の居場所が。』

 …ひゅっと息がなった。

 『今は役者をやっているそうだ。"MANKAIカンパニー”と言う劇団でな。』

 なんで今更"さく"を…。

 「そう、ですか。」
 『役者はさぞ儲かるんだろうなぁ。君の返答次第では、彼に”お願い"してもいい。』
 「あの子は、関係ありません!今は、もう…何年も前からこの家とは関係ないはずです!私が、帰れば…いいんですよね、」

 私が帰っても、どうにもならないはずなのに。

 『そうだな。』
 「…お願いがあります」
 『なんだ?』
 「帰るのは、来年の春まで待っていただけませんか…?」

 だけど、この人にとって利用価値があるならば、せめて、MANKAIカンパニーを立て直すまでは…。

 「もちろん、それ以外はなんでもしますから。あの子のこともそっとしておいてください。お願いします!」
 『そうか、では一度こちらに顔を出しなさい。その時にでもきちんと話をしよう』
 「…わかりました。」

 切れた電話に、ホッと胸を撫で下ろす。
 公園には、生まれたばかりの蝉の声が響く。

 「うるさいなぁ…」

 やけに重い体に鞭を打って、約束通り職場に戻ろうと立ち上がる。

 …猶予は来年の春。

 咲と居られるのも、

 「それまでか、」
 「なぁにがそれまでだって?」

 聞いたことがあるような、ないようなそんな声に顔を上げると、この間の男の子。

 「また迷子か?」
 「違うよ、今度はちゃんとわかってます。今お昼休憩中なの。万里君は?」
 「俺のこと覚えてんだ?」
 「あんな怪我してたら、忘れたくても忘れないって。怪我は?治ったの?」
 「んまぁなぁ。慣れてっから。」

 なぜか隣を並んで歩き出した彼に、少しだけ落ち着きを取り戻す。

 「万里君、喧嘩はほどほどにね。」
 「なんでそんなこと、アンタに…」
 「万里君、花学でしょ?」


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