第2章 河津桜
突っ込むのすらめんどくさくなったのか、ポケットに手を突っ込んでスマホを取り出した古市さん。
先生、古市君が私と話してるのに携帯取り出しましたー!
人を目の前にして、携帯取り出すのは良くないと思いますー!
と、
見事なスルースキルに不貞腐れていると、どこかに電話をかけていた古市さんの横にキキーッと黒塗りの高そうな車が止まる。
問答無用でその後部座席へと押し込まれる。
押し込まれる時、めっちゃ良い匂いしたのは言うまでもない。
まさか拉致られると思わなかった。
お巡りさんこっちです。
「えぇー…」
「安心しろ、真っ当な仕事だからな」
ーーーーーー
ーー…
そう言って連れてこられたのは裏通りにある小さなお花屋さん。
「降りるぞ」
ここに着くまで一言も発さず、説明もなく、着いたと降ろされる。
目の前のお花屋さんの周りはシャッターを閉めた店が多い。
古市さんは慣れたように、そのお店へと入った。
それに続く。
「おい、ばーさんいるか。」
「あらぁ、あらまぁ、」
出てきたのは腰を曲げて、ゆっくりと歩いてきたのは驚くほど優しく笑うご年配の女性。
「こいつを雇ってくれ。」
「まぁ、まぁ。嬉しいわぁ」
ー…ぽん
優しく促すように、古市さんに背中を押されご年配の女性の前に出る。
反射的に頭を下げる。
だけどやっぱり話が見えず説明を求めようと振り返れば、少し寂しそうな顔が一瞬目に入った。
「…え?古市さん?!」
すぐに表情を変え私を見据える。
「1年半だ。」
言い切った目の前の人に、首を傾げる。
「へ?」
…イチネンハン?
「松川には1年と言ってあるが正確にはこの借金の猶予は1年半ある。」
「…」
「初代のことは聞いたな?
先ずは新生春組を結成、それから公演、ここまで行けばもう少し延ばせるはずだ。
訳があって俺はあの劇場を残したい。…どんな形でも。」
切実な、
助けを請うような、そんな言い方をするから。
…騙されてるのかも知れない。
だって目の前の人は、堅気じゃなくて。
いきなりこんな場所に連れてきて。
こんな小娘に助けを請うくらいなんだから。
支配人にしろ、古市さんにしろ
こんな私を頼ろうとするんだから…。