第9章 雛菊桜
side 咲也
"天馬くんが弟で…いい"
たまたま聞こえて来た声に、"おれ"の心臓はぎゅーっと掴まれるような感覚がした。
なんでオレこのタイミングでここを通ってしまったんだろう。
思わず止まってしまった足が嫌で、どうしたらいいものかと思う。
「サークヤ」
背中から聞こえて来た声と同時に、肩を叩かられ悲鳴にもならない声をあげる。
「驚いたネ?」
コクコクとうなづく。
「こんなところで何して………オ〜テンマとメイシケモクしてるネ!サクヤ、ぬすみみみみ、よくないヨ」
視線の先に捕らえた、天馬くんとうちの寮母さん。
それからオレ。
まだバレるわけにはいかない、こんな"おれ"を。
「みが多いです、シトロンさん。たまたま通っただけですし。」
「メイとテンマなかよさそうネ、サクヤもまざるね?」
「いいんです、オレは…」
「サク」
「オレが、…」
"…あの時捨てたんだから"
それはうっすらと、記憶に残る破片。
オレらしくもない、みんなに知られたく無い深く刺さって抜けない自業自得とも言える心に残った消えない傷痕。
"オレのせい"
「何でもないです、ホントに。」
誤魔化すように笑っても本当は、…
おれはまだ、オレ自身を演じてる。
「そうだ!そういえば、監督から聞きました?夏組のみんなで合宿するみたいですよ!」
「お〜羨ましいネ!春組でもするヨ!」
「ふふ、そうですね!」
「イタルとツヅルのために、Wi-Fi完備ネ〜」
締め付けられるように痛んだ胸を誤魔化すように笑う。
「そうですね!新生夏組の公演も見たいですけど、オレも早く次の公演したいです!」
「そうネ」
シトロンさんと話しながらも、やっぱりオレはあの二人の会話が気になって聞き耳を立てる。
『そろそろ…呼んでくれない?"天馬くん"』
…だめだ。うまく聞き取れない。
…キキタクナイ?
シトロンさんも何か言ってる。
聞かなきゃいけない。
だって、オレと会話してるのはシトロンさんだから。
"さく、おねぇちゃんだよーっ"
"おねぇちゃんってよんで?"
あの頃の声は時間が忘れさせた。
でも、言われたことは覚えてる。
"おねぇちゃん“からもらったコトバは、全部"おれ"のお守りだったのに。