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3月9日  【A3】

第8章 椿寒桜


 「伏見さん、」

 約半日をかけて行った取材も、もうそろそろ終わりらしい。
 だんだんと傾いてきた日差しに、夏を感じる。

 「はい?」
 「いつか、私が今いる劇団の人たちの写真撮ってくれませんか。」

 唐突に言葉に出せば、困ったように笑った彼。

 「伏見さんが撮った写真で、アルバムを作って、私の宝物にしたいです。…なーんて、プロの人に贅沢なお願いしてしまいました。
 すみません。」
 「俺なんて、ただの学生のアルバイトですよ。」
 「…じゃあ、それを夢にします」
 「…ふ、わかりました。いつか叶えてみせますよ。」

 少しの時間でこんなにも打ち解けたのは、伏見さんの人柄あってこそだ。

 「そろそろ、お暇しますね。」
 「え、もう?」
 「そうよ、まだいいじゃないの。」
 「また来ますから、それに。いい写真が撮れたので早く現像したいんです」

 重そうな鞄を肩にかけて笑う。

 「そうだ、せっかくだし花を買っていこうかな。なにか、おすすめありますか?」
 「季節の花は、どれもおすすめだけど…芽李ちゃんはどれが似合うと思う?」
 「え?似合うですか?…そうだな、んー」

 たくさんの花がある中で、目に入ったのはカーネーション。

 「カーネーションとかどうでしょう。」
 「…じゃあ、カーネーションにします。」

 ふっと笑って答えた彼に、とびっきりの一本をつつむ。

 「どうしてカーネーションに?」
 「…次に会えた時にお伝えします。」
 「参ったな。また来ないと。」
 「ふふ、はい。またお待ちしてます」

 店を出た伏見さんの背中を見送る。

 「素敵な方でしたね。」
 「そうでしょう?お婿さんにどう?」
 「またまた、彼は年下ですよ。」
 「年下でも、おみちゃんなら、安心して芽李ちゃんを任せられるわ。」
 「もー、お気遣いなく。弟とのこともあるし、…今のところは、」

 言いかけて、頭をよぎったのはぴょこぴょこと動いた前髪。

 「ふ、子供みたいな人達の面倒見なきゃいけないからお腹いっぱいです。」
 「そう。」

 目を細めたばあちゃんは、何かを見透かしたように笑った。

 「いつかみんなのこと紹介しますね。」

 …秋組と冬組が揃ったら。
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