第8章 椿寒桜
商品を受け取っても微動だにしない彼に対して、焦ったのは私。
「…時間、遅れるんじゃないの」
「…うっさいわ、ボケ。」
失礼な奴。
可愛い顔してるんだから、もっと素直になれば絶対もっと売れるのに。
「失礼なこと、考えてるだろ。」
その一言にジト目で返す。
「…まぁ。いいけど、………その、見たよ。お前らの芝居。」
「ん。」
「…ゴット座と対張れるほど見れるもんじゃなかったし、全然大したことないし、脚本も構成も演出も三流すぎてお粗末だったし、ほぼ全てにおいてどこの小学生の学芸会かよって思ったけど、……まぁ、…お前へのあいつらへ抱いた気持ちは、ほんの少し、爪先ほどはわからんでもないとは思った。」
目線を落として言う晴翔。
「ま、だからと言って、あいつらを認めるつもりはないし、下手なのは変わらないだろ…って話。
僕は、俺のために、…レニさんのために、レニさんの元で成し遂げなきゃいけないことがあるから、そのためなら何でもやってやるって決めてるんだ」
それは、たった一寸の迷いもない眼だった。
「それを止めるなら、たとえ芽李でも手加減なんてしないよ。」
そんなの…
「わかってるよ、」
つぶやいた時に晴翔の背中がずっと遠くに感じて、…所詮自分は他人の夢に背負われてるだけだったと、ぎゅっと心臓が絞られたようなそんな気がした。
「夢…か。」
ーパシャッ
「ん?」
カメラを構えた伏見さんが、ふっと笑う。
「すみません、アンニュイでいい表情してたから」
「あんにゅいって、いまいちしっくりこないです。」
くいっカメラを持ち上げた彼のバインダー越しには、どんな私が写ってたんだろう。
「焼き増ししたら、渡しますね。
ところで、夢って聞こえてきましたけど…何かあるんですか?」
「…1番の夢は叶ったんですけど、その先を見てなかったから今迷ってる部分もあって。
今は、住まわせてもらってる劇団を立て直すって言う夢を間借りしてる感じですかね。」
「へぇ…じゃあ、それが叶ったら何がしたいですか」
「…んー、どうだろう。…伏見さんは?何かありますか?」
少し視線を落とす伏見さん。
「…俺も、思いつきませんね。」
その言葉には含みがあった気がした。