第7章 豆桜
「じゃあ、酒井さん、お願いします」
ちょこんと座った咲。
緊張のせいか、強張ってるように見える。
「佐久間くん、今日の夕飯何食べたい?」
「へ?」
首を傾げた彼に鏡越しに笑いかける。
「やっぱり、ナポリタンがいいかな?」
あ、…嬉しそう。
「はいっ」
「うん。じゃあ、腕によりをかけて作るね。」
咲のふわふわな髪に櫛を通す。
「……酒井さん、」
「ん?」
「"咲"って、呼んでくれませんか?」
鼓動が早くなってくのがわかる。
「…」
「たまにオレのことそうやって呼んでくれますよね、」
「昨日の夜のって、そのこと?」
それを隠すように、余裕のあるふりをして答える。
「…だめですか」
肯定とも否定とも取れるその言葉に、正解の答えを探す。
「落ち着くんです、"咲"って呼んでくれると。」
そんなふうに言われたら、呼ばないわけにいかなくなる。
口を開けて音にすれば簡単なのに、複雑な思いがストップをかける。
いつか、至さんにも言われた。
…周りも気づいてるのに、本人が自覚しないわけないか。
「…さ、さく」
思っていたよりも小さくなってしまった声に、情けないと思いながら返事をしてくれない咲に、もう一度と口を開く。
「"咲"」
今度はちゃんと聞こえたかな、
「…ありがとうございます。
やっぱり、落ち着きます。」
ふーっと、息を吐いた咲にこれでよかったのかと思う。
「また呼んでください、"咲"って。
酒井さんだけに、そう呼んで欲しい。」
「…咲、練習って思ってすればきっと大丈夫。咲の中にちゃんとロミオはいるから。」
「はい。」
「私も一緒にいくよ、ロミオと。みんなと…。
だから、楽しんで。
…裏で待ってるからね」
「はいっ!!」
話し終えた頃にちょうどいづみちゃんが呼びにきて、咲の髪もセットし終えて…
立ち上がってドアに向かった咲の背中をポンっと押す。
「行ってらっしゃい」
「いってきます」
…今日が本当の意味での始まり。