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3月9日  【A3】

第1章 寒桜


 ー…とんとん


 嫌な夢から、引き戻すようにして肩に温もりを感じる。
 暖かくて、大きな掌。
 少し骨張っている。

 「は、」

 一瞬で頭が覚醒して、またやってしまったと思った。

 「空港ついたよ、」

 眼鏡越しに一見冷たそうな目と合う。

 「え、あ…」

 隣の席のイケメンだった。

 「無防備に寝てたけど、忠告しておく。
 少しは危機感持った方がいいんじゃないかな?」

 それは確かに、そうかもしれない。
 男の人の隣なのに、夢見は悪かったけどぐっすり寝てしまっていた。

 「う…」

 ぐうの音もでないってこのことか。

 「バスでも熟睡してたようだけど」
 「え?!」

 バス?…って、バス??
 さっきのも見られてたってこと?!

 というか、この人記憶力すごくない?!

 「そんなことより、早く降りないと北海道に逆戻りだよ?」

 自分はそそくさとベルトを外して、育ち良さそうに鞄を頭上から下ろしている。

 意地悪に微笑んで言った彼の言葉に焦る。

 お陰で全然ベルト取れないし、本当についてない!

 と、

 ガチャガチャしているとスッと綺麗な手が伸びて来て

「貸して。君って不器用?」

 魔法みたいに、スッとベルトがとれてポカーンとする私を見てクスッと笑った。
 いや、これはどちらかというと馬鹿にしたみたいだ。

 「まぁ、もう会うことはないだろうけど…

 せいぜい気をつけた方がいい。

 …佐久間、芽李さん。」


 ちょっと飛行機ご一緒しただけの知らないイケメンに名前を呼ばられ驚いてまたポカーンとしてしまう。

 丁寧に呼ばれた名前がえらく耳に残る。

 名前教えたっけ…。

 そこでやっと、はっとする。


 「あ、え?!どうして名前?!って、いないし!!」


 他の乗客に気をつけつつ、急いで降りても特徴的な緑頭は見つからなかった。

 ここで出会ったのが、運命の悪戯なのか彼の采配なのかはわからない。

 …でも、確実に私の運命が動き始めていたことは確かで。


 それより、

 なんて乙女ゲーム、これ。


 と、思った私は確かに危機感持たなきゃいけないかもしれない。

 ほんと、プライバシーも何もあったもんじゃないな。
 

 怖いな東京…
 怖いな、イケメン…。
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