第6章 丁子桜
「マーキングしてる犬みたい」
ボソッと言った声もこの距離だから、全然聞こえる。
「デリカシーどこで置いてきたの。」
「お前こそ、素直さ咲也に全部あげちゃったんじゃない?」
それは言えてる。
「そーだよ、可愛くて優しくて素直で、自慢の弟だよ。咲は。」
「はいはい。とりあえず、咲也のことが大好きでたまらないのはわかったし、なんなら同志」
ぽんぽんと私の背中をさすってくる至さん。
でも、そんなのされたってさ…
「咲は譲らない」
「急に真澄化してるし。」
「同担拒否」
「どっから覚えてきたソレ。」
「至」
「呼び捨てかよ、」
少しだけ、至さんの体温が上がった気がする。
「至だって、私のこと呼び捨てじゃん」
「気付いてたんだ、言わないからてっきり気付いてないのかと。」
「そこまでバカじゃないもん。でも、もう呼ばない。茅ヶ崎さんって呼ぶ」
「急に距離置くのやめい。…って、ムードどこにやったんだよ、ムードクラッシャー。」
どっちがって言いたかったけど、黙る。
そもそもムードって何?
「まぁ、話を戻すとして。」
急に真剣なトーンで話し出す至さん。
「…芽李は、何にもできないって言ったけどさ、俺らだってそこまでバカじゃないからさ。
感謝してるから、お前に返したいって思ってるんだよ。
自分ではわからないかもしれないけど、カンパニーとか自分のためとかそれだけじゃなくて、一生懸命でこの場所を大切に思ってる芽李がいるからこそ、この場所を無くしたくないっておもうんだよ。
それだけで頑張れるんだよ、男って単純だからね」
体温が離れる。
また、肩に乗る至さんの手。
「咲也にだって伝えてもいいとおもうけど、ソレが今は怖いなら後でだっていい。芽李がここにいる限り、きっと俺達も離れられないから。…って、俺に言われても信用できないって顔してる。仕方ない、誓のキスでも」
ペシっと至さんの顔を抑える。
「ヘンタイ、ティボルトはそんなことしない」
「ティボルトは業務外。今は茅ヶ崎至だから、‥まぁ、なんて言うか」
顔を抑えてる腕を掴まれて顔から外される。