第11章 お代は要りません《後編》◉相澤消太
「念を押すようで悪いが、今晩、」
「あ、あの!本当に本当に大丈夫ですから!」
どうかお気になさらないで下さい、小さくお辞儀をするといつも通りの精一杯の笑顔を作って立ち上がる
何度も心の中で唱えた言葉のおかげで、私の口角もいつも通り穏やかに上がっているはずだ
「大切な思い出にさせていただきます・・!」
「おい、待て・・っ」
「ま、待ちません!失礼いたしますっ」
"消太でいい"、今朝彼は私にそう告げた
それはつまり、昨晩のような関係を継続してもいいという意味なのだと思う
ぜひお願いしますと、飛びつきたくなるほどに魅力的なご提案だと思う反面、
いずれはそれすら彼の重荷になるに違いない
合理性と人助けに全てを捧げている彼が私に時間を割くはずがないのだ
一度だって女性関係の噂を聞いたことがないのも、私は当然のように思っていた
それに、そんなの私だって幸せにならない
「・・責任取るわけじゃないって言ってたし」
無意識に声になった言葉が自身の耳に届く
心のどこかで私は彼に責任を取ってほしいと思っていたのだろうか、自身の厚かましさに目の前の景色がじわりと滲んでいく
遠くから彼を見ているだけで幸せだった頃がなんだか遠い昔のように思えて
会いたくて、触れてほしくて、
私はこんなにも端ない女だっただろうか
先ほど彼の指が滑った手の甲がじわじわと熱い、そこに唇を当ててしまうほどには端ないのだと開き直ってみたりして
彼に与えられた熱があっという間に身体中を駆け巡ると、甘い夜の記憶がまた頭を埋めつくしていくのだった
「あんまり見ないでくだ、さい・・っ」
「そっちこそ」
「だ、だって先生、色っぽいから」
「そのまま返すよ」
きつく絡められた指先、首筋に走るいくつもの小さな痛みはまるで独占欲を表すかのように獰猛で
奥を求められる快感は、彼にとって自分が特別なのではないかと私を錯覚させる
「で、イレイザーヘッドのどこが良いって?」
「んぁあっ、いっ今言うんですか・・っ」
「是非とも聞きたいね」
余裕そうに目を細めた彼の額には汗が滲んで、浅い呼吸を続かせるとその眉根が寄る
その姿がたまらなく愛しくて頬に手を添えると、それを掴んだ彼は私の手首に唇を這わせた