第10章 お代は要りません《前編》◉相澤消太
真っ暗な部屋、カーテンの隙間から覗く空は深い水色に見える
ビルの間の小さなそれは、どこかで日が昇ったことを示しているのだろう
一晩中付けっぱなしだった暖房のせいで酷く喉が痛んで、俺は彼女の向こうのテーブルに置いたはずの水へと手を伸ばした
起こしてはいけないと細心の注意を払いながら、昨晩の情景を思い出すと気怠い身体はいとも簡単に疼いて
いや、むしろ起こしてもいいかもしれない、出勤までにはまだ充分な時間があるのだ、それはつまり、
「ん?」
ある筈の温もりが、無い
薄目のままシーツに手を這わせると冷たい感触がどこまでも広がっている
おそらくシャワーでも浴びているのだろう、そう呑気に目を閉じ寝返りを打って数秒、頭をよぎった最悪のシナリオに俺は音を立てて飛び起きた
枕元のボタンを片っ端から押して部屋の電気を付けると、綺麗に畳まれた二人分のバスローブがソファの上に乗っている
ベッド横の小さな丸テーブルには記憶通りのペットボトル、そしてその下には綺麗に二つ折りにされた一万円札が置かれていた
それを認識した瞬間、言いようのない衝撃と彼女への怒りで身体中の血の気が引いていくのが分かる
「おいおい、とんだ扱いだな・・!」
はっきりと言葉にしていないとは言え、いかに此方の気持ちが伝わっていなかったかを突きつけられる
昨晩の応酬を楽しんだ報いがコレか、いや分かるだろ普通、ああこんなことなら—————
絶望に頭を抱えている場合ではない、俺はクローゼットの服を引っ掴むと、水も飲まないままに支度をして生温いその部屋を後にした
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滑り込んだ職員室、デスクに荷物を置くと足早に廊下へと戻る
「あらイレイザー、今日は早いのね?」
「そういう日もありますよ」
興味を隠さず口角を上げた香山さんを睨みつけ、苛立ちが滲む足音を響かせ向かった先には事務室の表示、
我ながら乱暴にその引き戸を開けると集まった部屋中の視線
始業の準備をしている彼女が振り返り目が合った瞬間、俺は低く声を発した