第10章 お代は要りません《前編》◉相澤消太
「おい」
「ひ、っ!あ、は、はいぃ・・!」
絵に描いたように怯えるその姿から一瞬たりとも目を離さずゆっくり手招きをすると、分かりやすく目を泳がせた彼女は好奇の視線に晒されながら此方に歩みを進めて
後ろ手に扉を閉めた途端、部屋の中が大きく騒つくのが聞こえた
「何か言うことは」
「あ、お、おはよう・・ございま、す・・」
「おはよう」
首元まであるセーター、その下に昨晩俺が付けた紅い印がいくつもあるはずだ
正規の手順を踏まないまま散らしたそれは、今朝どれだけ彼女を困惑させたのだろうか、自身の情けなさに眩暈がする
その点に関しては申し訳ないが、謝ろうなどという感情は俺には毛頭無い
それどころか、一夜の過ちだと真っ向から主張するような彼女の態度に底知れぬ腹立たしさを感じていた
「き、昨日は、その、ありがとうございました」
「こちらこそ」
勝手に居なくなってごめんなさい、ご迷惑になりたくなくて、小さな声で発された予想通りの言葉が俺の心を鉛のように重くしていく
「あのな・・!」
「本当に、夢のような、夜でした」
ああ、返す言葉も見つからない、明るい日差しの差し込む朝の廊下
なんだその一種の晴れ晴れとした顔は、いつものように穏やかに微笑んだ彼女は照れ臭そうに床に視線を落として
沸々と湧き上がる怒りにひたすら耐え、顳顬を押さえながら俺は呼吸を整えた
「面倒なことは、もちろん言いません!あの、本当にお気遣いなく、忘れてください」
これからもずっと応援していますから、なんて
茶目っ気たっぷり、はどう考えても此処じゃ無いだろ・・!
はぁ、肺の中の空気を出し切る程に特大の溜息を吐いて思い切りガシガシと頭を掻く
深呼吸をしていないと今すぐにでも怒鳴り出してしまいそうで、繋ぎ止めたくて掴んだ細い手首が小さく震えていることに俺はまた苛立った