第10章 お代は要りません《前編》◉相澤消太
「ファンを舐めるな、ねぇ」
「そうですよ、イレイザーのことで知らないことの方が少ないんですから」
「よほどの自信だな、恐れ入ったよ」
頬杖をついて呆れた溜息を吐けば、彼女は満足そうに声を出して笑って
喜びを滲ませた口元にまたグラスが運ばれると氷の音がカランと響いた
「んじゃ、答え合わせと行こうか」
二人の間に立てかけられた注文用の端末を手に取る
ごちゃごちゃと目に悪い画面を彼女に差し出すと、その右側「注文履歴」へと彼女の人差し指を誘導した
「押してみ」
「え、?あ、はい」
白く細い指がゆっくりとその表示に触れる
映り変わった画面には、二杯のウーロン茶の前後に数杯ずつのノンアルコール飲料
驚きに開かれた目がそれを凝視して数秒、彼女は気まずそうに顔を上げた
「誰が酔ってるって?」
「せ、先生、呑んでないんですか、!?」
「シラフかどうかも分か」
「あーーそれ以上言わないで下さい!」
試すなんてひどいです、そう言って開き直った彼女が口を尖らせて
堪え切れない笑いが漏れるのを隠すように俺は下を向いた
「ファンか、甚だ疑問だね」
「それは本当です・・!本当に大好きなんです・・っ」
潤んだ瞳で発されたその台詞、果たして彼女はその意味を認識しているのだろうか
それとも彼女の意味する好意と男女としての恋愛感情は、別のところに在るのだろうか
「じゃあ聞かせて下さい、イレイザーヘッドの何がいいのか」
「は、え、!?」
「普段はそんなことに興味は無いが、そこまで言うなら聞いてみたい」
じっと見つめにやりと笑うと、彼女はまた困ったように頬を紅く染めて
軽く下唇を噛んだその仕草は意図的なのかもしれない
むしろ計算であってくれた方が良い、意図的で無かったとしたらその方がずっと危険だろう
「や、やっぱり先生、呑んでますよね・・?」
「注文履歴、いくらでもどうぞ」
目の前に再び差し出し表示させて数秒、素面の彼女が赤い顔をちらりと此方に向けたのを合図に俺は画面右下の「会計」に触れる
「・・で?まさか、今日帰るなんて言いませんよね」