第10章 お代は要りません《前編》◉相澤消太
入店直後、彼女が席を離れた隙に適当にいくつかのメニューに触れる
時刻は既に23時、何が食べたいですかなんて余計なやりとりを省略する為だ、合理的に行こう
「あ、注文して下さったんですね、!」
申し訳ないです、そう言って小さく頭を下げた彼女は腰を下ろすと、訝しげに目の前のグラスを見た
「一応、これでもヒーローの端くれですよ」
「別に疑っているわけでは・・!」
「見たまんま、ウーロン茶だよ」
こうして誰かと食事をするのはいつぶりだろうか、にこにこと頬張る姿はやはり普段の印象とは大きく違って
賑やかな雰囲気の中、先ほどよりも距離が縮まっていると感じているのは俺だけではないと信じたい
「ほんで、何でアイツは”山田”なんですか」
今なら言えるでしょう、なんて試すような俺の言い回しに彼女は困ったように眉を下げた
「・・それは、」
山田先生の、提案なんです、
「以前、偶然携帯を見られてしまって、」
———— イレイザーに意識されてェならそりゃ簡単!オレを名前で呼ぶようにすりゃ一発よ!
「魔が差してしまいました・・」
「別に尋問してるわけじゃないですよ」
アイツの思う壺というわけか、多少の腹立たしさは有るものの、そのお陰で俺は今油断すればにやけてしまう程の時間を過ごしている
「そんな下心で俺のこと見てたんですか」
「も、申し訳ありません・・」
「いえ、話が早くて助かります」
作戦大成功ですよ、そう呟いてグラスの中身を喉へと流し込む
掘り炬燵の中で滑らせた爪先が彼女の足首を撫でると、面白いくらいにその目が泳いだ
「もうほんとに、心臓が、だめです」
先生飲み過ぎです、彼女は誤魔化すようにグラスを口元へと運んで
茶色い液体が吸い込まれていく様が堪らなくて、俺は只管に喉が渇く
「知ってるんですから・・!イレイザーヘッド先生は酔うと記憶を無くすこと」
ファンを舐めないで下さい、そう言って顰めた眉すら俺を煽る、もっとその顔が見たい
「へぇ、そりゃ敵わないね」
「そんなに呑んだら、きっと明日何も覚えてないですよ」
恨めしげに俺を睨む瞳、全く呑気なもんだと毒気を抜かれる
一応それらしい色の付いた液体を喉に流し込むと、俺は柄にもなく気合いを入れ直すように髪を雑に束ねた