第8章 優しく迷子の手を引いて◉飯田天哉
クラス全員分の用紙を運び終えた職員室、
蒸し暑い廊下に佇んだ私はそっとその扉を閉める
ギシ、と音を立てた引き戸がいつもよりも重く感じて、両手で持ち直したそれを力いっぱい引いた
「あ」
背後で静かに響いた声に振り返ると、
ガラス玉のように綺麗な二色の瞳が私を見つめている
「・・お前、飯田の」
「えっと・・、轟くん、だっけ・・?」
「飯田の、」に続く言葉は一体何なのだろう、熱が集まった顔を見られたくなくて目を伏せると、ぱさりと音を立てて彼は一枚の用紙を私に差し出した
「・・今日中に飯田に渡すんだ」
アンケート、と大きく書かれたそれはたった今自分のクラス分を職員室に届け終えたもので
不思議そうに見上げた私を見て、轟くんは悪戯っぽく微笑んだ
「飯田に渡すの、頼めるか」
「わ、私?!寮で渡さないの・・?」
「渡そうと思えば、渡せる」
お前に必要かと思ったんだ、少しだけ細められた綺麗な目に全てを見透かされている気がしてまた頬が熱くなる
「え、で、でも」
あんなにも明白に避けられているのに、面と向かって何を言えばいいのだろう
はっきりとした理由は分からないけれど、飯田くんに不快な思いをさせてしまったことには違いないのだ
「・・要らないならいい、悪かったな」
おろおろと言葉を探している私に彼は小さく吹き出すと、静かにその足を踏み出して
穏やかな足音が少しずつ遠ざかっていく
飯田くんの口から出るかもしれない拒絶の言葉を、果たして私は受け止められるだろうか
「・・・っ、」
ゆっくりと遠ざかって行ったはずの轟くんが
曲がり角で立ち止まる
二色の髪がさらりと揺れると、口を噤んでいる私に彼はまた優しく微笑みかけた
「このままより、いいんじゃねぇか」
「い、いる!私に、持って行かせて・・っ」
拒絶されたとしても、それでもいい
臆病な心に蓋をして自身に言い聞かせると、沈みかけた夕陽が空を薄暗く変えていくのが見えて
つい数分前より目に優しくなったその色に、少しだけ呼吸がしやすくなった