第8章 優しく迷子の手を引いて◉飯田天哉
「・・俺がヒーローを志したのは、兄の存在が大きいんだ」
橙色の空を見つめた飯田くんは真剣な声色で言葉を紡いで、思わず見惚れてしまった私の頬をぬるい風が撫でる
——— 迷子を見かけたら迷子センターへ手を引いてやれる、そういう人間が一番かっこいいと思うんだよな、
「そう語っていた兄を俺は心から尊敬している」
凛々しく真っ直ぐな彼のその目に、果たして私はどんな風に映っているのだろう
この胸の甘い気持ちは、きっと彼を困らせてしまう
高い志を持ち、その為にあらゆる努力を惜しまない彼のために私ができること
それはきっと、溢れてしまいそうになるこの想いを隠すことだ
そう思うと、鼻の奥がつんとした
「俺の兄は、インゲニウムという名で、」
「そ、そうだよね!そのことなんだけど私・・っ」
危うく潤みかけた目を誤魔化すように瞬きをして彼に向き直る
隠していたつもりは無いけれど、言うタイミングを逃したまま季節が流れてしまったあのことを、
あの時の御礼を、伝えよう、
前を見据えた彼の瞳はどこまでも透き通っていて、傾き始めた陽の光が彼の顔を照らしている
なんだかまだ邪魔をしてはいけないような気がして、言いかけたその言葉を私はゆっくりと飲み込んだ
「飯田くんは絶対、誰よりも素敵なヒーローになれるよ・・!」
ずっと応援させてね、なんて、ありきたりな言葉が口を衝く
彼に見惚れ熱くなった顔を悟られないように下を向くと、飯田くんは身体ごと此方を向いて私の手にそっと触れた
「必ず、なってみせるよ」
力強く響いたその声、紺色の瞳が私を射抜いて
そうだ、彼は王子様じゃなくてヒーローなんだと
一瞬でも御伽話の中の優雅な王子様と重ねてしまった自分を恥じた
「そんなに真っ直ぐ、見ないで・・」
この気持ちは仕舞っておかなきゃいけないのに、と心の中で呟く
触れられた箇所から流れ込んだ熱に心臓がどうしようもなく騒いで、思わず私は手を滑らせた
両手に抱えていたノートや文房具が軽い音を立てて地面に落ちる
ぱさりと開いた手帳の間から、あの日以来ずっと持ち歩いているお気に入りのステッカーが顔を出した
「俺としたことが・・!すまない!」
慌ててそれらを拾おうと屈んだ飯田くんは、次の瞬間その目を大きく見開いて
おそるおそる手を伸ばすと私の宝物に触れた