第8章 優しく迷子の手を引いて◉飯田天哉
陽だまりのように笑い、春風のように心地の良いあの声がどうか明日も聞けますようにと、誰よりもその幸せを願っているんだ
彼女の事を考えると頭に浮かぶのはいつも歯の浮くような言葉ばかりで、詩人にでもなったつもりかと呆れてまた溜息が溢れた
「・・別にいいんじゃねぇか、好きでも」
よくわかんねぇけど、そう言って二色の瞳がじっと俺を見つめる
口数こそ少ないが、俺を心配してくれている友の気持ちに目頭が熱くなった
「勉学こそ学生の本分、さらに俺たちはヒーロー志望生だ」
その二つを疎かにするわけにはいかないからな、自身に言い聞かせるように一つひとつの言葉を噛み締める
「・・それに大切な存在は、時に自身の弱さに繋がるかもしれないだろう」
俺がそう呟くと、轟くんは驚いた顔で此方を見つめて
一瞬考えるように彼が視線を下げると、少し長めの前髪がさらりと揺れた
「・・大事な奴が増えると、俺たちは弱くなるのか?俺にはよくわからねえが」
守れるように強くなればいい、薄く笑ったその声が深く心に刺さる
肯定が欲しくて破裂寸前だった隠しきれない想いが、心強い味方を得て意気揚々と姿を見せ始めるのを感じた
「それに、飯田なら大丈夫だろ」
「・・っ」
こんな時、天晴兄さんならどうするだろうか、
規律を重んじ人を導く愛すべきヒーロー、
どんな試練も乗り越えて、いつもカラリと笑っていたその姿を思い出す
「・・強くなればいい、か」
本当は分かっている
幸せを願うだけでは、もう足りない
俺がこの手で彼女を幸せにしたいと、
誰よりもその笑顔を守りたいと、思い始めているんだ
「・・ありがとう、恩に着るよ!」
「ああ、それよりお前、カレー冷めてるぞ」
今朝とは比べものにならないほど軽くなった心で「いただきます」と手を合わせる
すっかり湯気の消え去った茶色、既に張り始めていた膜をスプーンで突き破ると、頭の中の曇天も晴れていく思いがした