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《ヒロアカ短編集》角砂糖にくちびる

第8章 優しく迷子の手を引いて◉飯田天哉



「緑谷くん、君は・・恋をしたことがあるか」


「・・は、はいぃ?!?!」

食後のオレンジジュースを飲み干し、意を決して隣の友人に語りかけると、彼はカツ丼を喉に詰まらせた


「不躾なことを聞いてすまない」

「と、突然どうしたんだい、飯田くん・・!」

向かいに座っている轟くんは一度箸を止めたが、すぐに蕎麦を啜り出した


「飯田くん、す、好きな人でも、できたの・・?」

赤面した彼は尻すぼみに小さくなった声でそう言うともじもじと目線を落とす


「いや、そういう訳ではないんだ」

バンッ!と音を立てて持参した辞書を机上に置くと、貼られた付箋の箇所に指を挟む
昨晩自室で線を引いたそこは、鮮やかな蛍光色に光っていた



「・・恋とは、」

【強くひかれて、切なく思うこと。また、そのこころ。特に、男女間の思慕の情。】


「・・とある」

「う、うん、?」

「確かに、ここに集う我々は皆第二次性徴期を終え、異性に対する関心が高まる年代であることには違いない」


「え、あ、そうだね・・」

「・・さっきから何言ってんだ、飯田」

今度こそ箸を置いた轟くんは不思議そうな顔で湯呑みを持つと、ふーっとそれに息を吹きかけた




果たして彼女は、俺に恋をしているのだろうか

それとも俺の、単なる考え過ぎなのだろうか

考え抜いてもなお、答えの出る筈のないその問い
そろそろ食器を片付けねば、午後の授業に遅れてしまう



「普通科の薬師さんって、確か学級委員の・・?
こここ告白とか、された、の・・?」

先ほど緑谷くんに告げたその名前、上擦った声で発された質問に即座に否定で返すと、彼は少し落ち着きを取り戻した様子だった



・・もし彼女が俺に想いを寄せているとしたら、大変に申し訳ないがその気持ちには答えられない


「なぜなら俺たちはヒーローの卵であり、鍛錬第一の青春時代において恋愛に時間や気持ちを割く余裕がないからだ
それは即ち、想ってくれている相手も不幸にすることになる!そう思わないか、緑谷くん!」


「い、飯田くんらしい考えだね・・!」


時間を取らせてすまなかった、二人の友人に礼を言うと立ち上がり椅子の背に手をかける

開け放たれた窓、風にそよいだ木々に目を遣ったその時
食堂の出口へ向かう人々の流れの中で、ふわりと笑った彼女が今日も俺に手を振った
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