第8章 優しく迷子の手を引いて◉飯田天哉
溢れる涙で滲んだ世界、全ての色がぼやけて混じる
雑踏の中、たったひとりになった私は声も出せずにその場にしゃがみ込んだ
「・・・っ、」
こんなにたくさん人が居るのに、ひとりぼっち
伝った涙はレースの付いた襟にぽたぽたと落ち、震える小さな手にはじわりと滲んだ汗、掴んだスカートを皺だらけにしていく
今まで感じたことのない孤独と絶望に景色が色を失った時、
柑橘の爽やかな香りを纏ったその人は、突然私の目の前に現れた
「ーーーもう大丈夫!何も、心配いらないよ」
差し出されたその温かい手も、抱き上げられた途端に流れた安堵の涙も、私は一生忘れることは無いだろう
———
カーテンの隙間から明るい光が差し込み、白い壁にちらちらと模様を描いていく
いつも通り、目覚まし時計が鳴るよりも少し前に目覚めた私はゆっくりと伸びをした
隣の部屋の友人も起きているのだろう、物音に耳を澄ましながら制服のかかったハンガーに手を伸ばす
洋服掛けの扉に貼られたその写真には優しく微笑む彼の姿、
幼い頃から穴が開くほど見つめてきたそれは、今も変わらずに私を励まし、明るい未来へと導いてくれるお守りなのだ
「いってきます」
親元を離れ寮生活が始まって数ヶ月、その爽やかな微笑みは、母の代わりに毎朝の挨拶まで受け止めてくれている
「今日も飯田くんに会えますように・・!」
挨拶も願掛けも時には愚痴も、聞いてくれるその写真にそっと触れると、私は扉の向こうへと一歩足を踏み出した