第6章 うすべにひめ
キセキになかば埋もれるような位置で、和泉は階下に向かう。見渡せば、明らかにまだ落ち着いていない生徒も、憎悪を隠そうともせず白河を見上げる生徒の姿もあった。
だが、無言の訴えはすべて彼女に届かない。今も灰崎と赤司を前に、にこやかに談笑している。
「――そういえば、白河さんって、外部生のなかでトップの成績だったんだって」
話題のなにかがツボに入ったらしく、彼女がとうとう灰崎の背中を叩いて笑いだしたところで、和泉の意識は桃井の言葉に引き戻された。
「あれがかよ……」
「まあ、確かにテストの点数はダントツっスね」
一見すれば、斑類より劣る猿人の生徒。
信じがたいという顔をする青峰に、白河と同じクラスの黄瀬が頷く。
入学してすぐの実力テストに至っては全教科満点で、教室が騒然としたことは記憶に新しい。白河自身は照れながらへにゃへにゃ笑っていたのだが、その間抜けた顔で叩き出すにはあまりにも凄まじい数字だった。
「ていうか、さっちん何で知ってんの」
「色々と気になっちゃって、ちょっと調べたんだ。元々入学式でも、新入生代表あいさつの声が掛かってたらしいんだけどね。『同じ寮にもっとすごい人がいるみたいだから』って、赤司くんに譲ったんだって」
「それっておかしくない? あいつ洛山だったっけ」
猿なのに、と紫原が桃井を見下ろす。階下に降りて数分と経たぬうちに、彼の腕の中には大量にお菓子が積まれている。他の生徒からの貢ぎ物だ。
既にいくつかを食べ始めている紫原に、桃井は首を振った。
「今は誠凛だよ。なにか事情があったみたい」
和泉の背中に、すっと冷たい汗が伝う。
ほぼ無意識に、胸元に手をやっていた。
高等部の寮が通達されるのは、中等部の卒業式のすぐ後だ。
そして誠凛に入るはずだった自分は、赤司からペンダントをもらったことを契機に、割り込みのような形で洛山に入った。
本来ならば大したとりえもない自分が、
記憶を失った赤司を元に戻すため、
白河夜船を、誠凛寮へ追い出してまで、
選りすぐりの生徒ばかり集められるはずの洛山に入ったのだ。
では、もしも赤司の身に、何も起こっていなかったなら。
……ここにいるのは、自分だったのだろうか?