第5章 お祈りはいつも届かない
おかしい。
この学園の生徒の着用するネクタイの色には、規則がある。
そして小豆色のネクタイを着用して良い生徒は学園内にただ二人、黒子くんと白河さんだけだ。
白河さんがカガミくんとネクタイの交換をしたのだとすれば、あの子は別の色のネクタイを着けていなければならない。
カガミくんはといえば、緋那ちゃんや青峰くんと同じ色だったはずだ。
彼らはみんな『猫又』と呼ばれる種族で、そこに連なる生徒は――猫又の重種を擁する青峰家の名前に則り、薄群青のネクタイを着用する決まりになっていた。
そして今、その青いネクタイは、
「おはようございます、皆元さん」
白河さんと一緒に現れた、黒子くんの首に掛かっている。
彼の影の薄さを打ち消すような。むしろ髪色と相まって、最初から彼が着けるべきだったのではと思わせるようなその青色に、和泉は言葉を失った。
ネクタイは首輪の代わりだ。
あれを付けられれば、もうその相手の所有物になったと言っても過言ではない。
中学時代、和泉がお近づきになる前の話だが、キセキの面々の誰が黒子に首輪を着けるかを巡って、彼らは一時期対立したことがある。
婚約者のいる桃井は早々にその争いから降りたが、黒子は勝者のトロフィーにされることを嫌がって、学校に来るのをやめてしまった。
そしてその一連の騒動は、赤司が冬のパーティーで、何者かに襲撃されたことで、決着がついたかに思われた。
いささか不安の残る、『一時休戦』という形ではあったが。
だからこそ不可解だった。
「誰かのもの」になるのを嫌がり、登校拒否までしてみせた黒子が、どうして今そのネクタイを着けているのか、和泉には理解できなかった。
思わず、自分と同じくキセキの近くにいて、事情を知っているはずの高尾くんを見る。
……顔を覆って、天を仰いでいた。
それもそうか、と一人納得する。
たった今この教室に、キセキの世代を再び対立させる爆弾が投げ込まれたも同然なのだから。
これできっと、クラスも割れるだろう。
黒子の情報を手土産に、目当てのキセキに近づかんとしている人間は少なくない。元々、この教室の半数以上の顔触れが、同じ学校に通えることすら奇跡的と言ってもいい低級種だ。
黒子くんと白河さんだけが、昨日と同じように席に着く。