第5章 お祈りはいつも届かない
昇降口でキセキのみんなと別れる。
朝の廊下では誰もネクタイについて触れてくることは無く、気付いた人達も驚きの目で私の胸元を見つめたりしたけれど、赤司くんに伝わることが怖いのか、そう突っ込んだことは聞かれなかった。
このネクタイと、それから白河さんが重種のカガミくんとエンゲージした件。
いい意味でも悪い意味でも、少しドキドキしながら、クラスにつく。
気分の昂りを押さえるように「おはよう」とみんなに声をかける。少し、落ち着きたかったからだ。
そうすれば、教室中の視線が一斉にこちらに集まって、同じように挨拶を返されて。それで今日の授業やお昼のこととかを話して、いつも通りの私に戻れる。
何人か親しく話せる友達もできてきたし、きっと今日も大丈夫だろうと、そう思っていたのだ。
「おはよ……」
いち早く私に気づいた高尾くんが、挨拶を返しかけて、表情を強張らせた。
「なあ皆元、それって」
彼の視線は、やはり私の真紅のネクタイに注がれている。
「……赤司の、だよな?」
赤司くんの名前が出た途端、他の子と談笑に興じていたクラスメイト達も、私のほうを向いたのがわかった。
その場にいた全員が、静かになる。
彼らの目は、赤い一点に吸い寄せられる。
「そうだよ。赤司くんの、恋人になったの」
そう言うと、不意に、教室の床が遠くに伸びて、みんなが私を置いて遠くに行ってしまうような錯覚に襲われた。
「そっか、おめでとう」
高尾くんがどこか寂し気に微笑んで、私の意識を現実に連れ戻す。彼の祝福の言葉を皮切りに、他の子たちもお祝いの言葉をくれたけれど、どこかよそよそしかった。
なんだろう、この感じ。
席についても、昨日まで駆け寄ってきてくれた子たちは、こちらに来ない。高尾くんはほかのグループに捕まっていて、私から話しかけられなさそうだ。
黄瀬くんだったら、きっといつも通りに接してくれるだろうし、斑類絡みの関係性から自由な白河さんや黒子くんだって、私が赤司くんの彼女でも、何も言わないかもな。
そうか、重種の恋人という点では、白河さんもこんな風に疎外されてしまうのだろうか。
私が仲良くしてあげなくちゃ。
ぼんやり考えていた私の耳に、白河さんの挨拶が届いた。振り向いて彼女の胸元を確認する。
……ネクタイは"小豆色のまま"だった。