第5章 お祈りはいつも届かない
やはりというか、その日は朝から落ち着かない日になってしまった。
同じ洛山寮の葉山先輩が、早々に登校して情報を流したのが原因のようで、混乱に巻き込まれないためにキセキの面々と登校することになったのだけど。
「オレ、赤ちんのお嫁さんじゃなきゃ狙ってたのになー」
「おっぱい大きいもんな」
「峰ちんと一緒にされたくねーし」
「そうだよ青峰君! むっくんに失礼でしょ!」
「登校時くらい静かにしたらどうなのだよ……」
「あ、あはは……」
……周囲からの好奇の視線が痛い。
緋那ちゃんはというと、さすがに同席するのが憚られたようで、スマホに「先に行ってるね」というメッセージが入っていた。
「しかし、本当に皆元にネクタイを贈ってよかったのか、赤司」
少し急ぎ過ぎに思えるが、と緑間くんが赤司くんに問う。
「何故そう思うのかな」
「灰崎だ。こうしてお前の伴侶と表明し、あまつさえネクタイまで贈った以上、皆元に何らかの手を出すことも考えられるだろう」
ラッキーアイテム、赤ちゃん用ウエハースの箱を手に乗せたまま、緑間くんは真面目に眼鏡のブリッジを押し上げる。見た目は少しおかしいけれど、話題に笑えず、私は口をつぐんだ。
灰崎くん。この場にはいないキセキの一人で、他のキセキのみんなや、緋那ちゃんと同じクラスの問題児。
彼は他人のものを欲しがる癖があって、中学時代に黄瀬くんの彼女さんを奪ったことがあるらしい。
私が赤司くんの恋人とハッキリした以上、今度はこちらが灰崎君の遊びのターゲットにされる可能性が持ち上がった、というわけだ。
灰崎くんはネクタイのルールなんてきっと気にしないだろうし、下手したら襲われる可能性だってある。そうしたら、どんなに泣いて拒否しても、抵抗は無理だ。
何故って、彼もキセキの一員で、重種である。
その灰崎くんに階級を持ち出されたら、こちらは本能的に逆らうことができない。上位種は自分より下の階級に、言うことを聞かせられる能力がある。それが私たち、斑類の抗えない遺伝子の作りだった。
「それは大丈夫だ」
朝から少し嫌な想像をしてしまった私を安心させるように、赤司くんは言いきった。
「オレから和泉を奪うことは、灰崎にはできない。断言しよう」
「何故言いきれる」
「虹村先輩と、助っ人に監視を頼んである」