第5章 お祈りはいつも届かない
長い歴史を持つから、なのだろうか。
この学園には代々受け継がれる、生徒間のしきたり、みたいなものがいくつもある。
そのうちの一つが、「恋人から制服のネクタイを贈られたら、浮気禁止になる」というものだった。
別に斑類だから、いくら浮気をしても別にお咎めなんかはない。
けれど昔、どうしても股掛けされるのが嫌だ、と言う人がいたそうで、恋人に自分の匂いのついたネクタイをつけさせて、虫よけの指輪の代わりにしたらしい。
それ以来、恋人から贈られるネクタイは「貴方を独占したい」という意味を持つようになり、今でも「他人のネクタイをつけている生徒にはアプローチしてはいけない」「ネクタイを贈られて、それを受け取るなら浮気は禁止」と、学生間の暗黙の了解として伝わっていた。
そして今、私の制服の胸元には、真紅のネクタイが締められている。……赤司くんの手によって。
洛山寮の朝の食堂。
昨日の夜、『一緒に朝食をとろう』とメッセージで誘われ、ドキドキしながら食堂にでてきた私は、ネクタイの提案を赤司君より受けて寿命が縮むほど驚き、更に手ずから、至近距離で結んでもらったというこの状況に、軽く死にそうになっていた。
「うん、よく似合っているよ」
「あ、ありがとう……」
顔から火が出る、かもしれない。心臓が全力で動きすぎているからか、身体までじわじわ熱くなってきた。
ネクタイの色と私の顔、どっちが赤いかな。
もちろんこの事態は食堂に居合わせた他の面々にも丸見えで、追い打ちをかけるように「あら大胆ね……」という実渕先輩の呟きが聞こえてきた。
「当然のことをしたまでだよ。和泉が僕の伴侶であると、他のキセキにも知らしめなくてはいけないからね」
和泉は"魅力的"だから。何でもないことのように私を撫でながら、赤司くんが返す。
そうだ、このまま今日登校したら、全校生徒に赤司君の彼女だとバレるのか、私は。
だって、真紅のネクタイをつけていいのは、『人魚』の血統を受け継いでいる赤司家の人間、彼ひとりだけなのだから。
「それに、恋人として行動していれば、前の僕の記憶を取り戻す糸口になるかもしれないだろう」
赤司君の言葉に、白河さんのことを思い出した。彼の記憶喪失に関わっているかもしれない、あの子。
私と赤司君が恋人だと知ったら……一体、どんな反応をするのだろう。